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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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八人の住人

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目を覚まして、スピーカーフォン状態にしてある電話を手に取ると、桔梗は「もしもし」と言いました。

その声は、高く、弱く、風にさらわれてしまいそうに頼りない。それなのに、どこか揺るぎない。

時子の叔母は、その声が時子の物ではない事にすぐに気づいたけど、桔梗とは話した事がありません。

「…もしもし?あなたは?誰、かな?」

「桔梗、です」

「そうなのね、桔梗さん、こんにちは」

「はい、こんにちは」

その後二人は少し無言で居ましたが、出し抜けに桔梗はこう言いました。

「…どうして私、今目覚めたのかしら」

「え?どうしてって?」

「私、自分に出来る事はもうないのに、それでも目が覚める理由が分からないの」


桔梗には、以前、「時子を殺して楽にしてやる」という、危険な役目がありました。でもそれはもう無い。その後桔梗は、アイデンティティを失った人間そのもののように過ごしていました。


時子の叔母は少し間を置いて、こう答えます。

「役目っていうのは…時子ちゃんを、殺す事、かな…?」

僕から話を聞いていたので、叔母は、桔梗が生まれた理由も知っていました。

「はい。でも、それはもうしません。だから、今は自分がなぜここに居るのか、分からないんです」

「そう…」

その時、電話の向こうで叔母が躊躇うのが、僕にも分かりました。その後、叔母はこう話し出します。

「私の、あくまで私の意見だから、気に障ったらごめんなさいね、言っていいかしら」

「はい、どうぞ」

桔梗は無感動に返します。

「桔梗さんって…時子ちゃんの“死にたい”って気持ちを、背負わされていたのよね…?」

「ええ」

スピーカーから、鼻をすする音が聴こえます。

「私ね、あなたにそうしてもらいたいと思ってる訳じゃないの。だって、そんなの、辛過ぎるもの…!」

叔母は苦しそうに、涙ながらにそう語ります。

「そうですか?」

桔梗の声は、あくまで平坦でした。彼女は自分の「役目」に、疑問も不満も持っていません。だってそれが彼女なりの、「時子を救う方法」だったからです。

「そうよ…!でも、私、あなたが背負ってくれて…それで時子ちゃんが死なずに居てくれたのが、本当に…有難くて…!」

桔梗は、本気で泣きながらそう言っている叔母の言葉を、恐らく半分も理解していなかったと思います。

「大丈夫ですよ。私はそのための存在ですから」


昨日の晩、桔梗はまた表に出てきました。

彼女はイヤホンで動画の音声を聴きながら、その内容に大して興味が持てずに目を閉じ、眠ろうとしながら、心でこう呟きました。それは僕にも聴こえました。

“私は、もう何にも関心が持てない。私にはもう何の役割も無い”

でも僕は、彼女は大きな役割を果たしたのだと思っています。

14歳だった時子が持っていた、大きな大きな、死への熱望を、時子自身から切り離した存在となってくれた事。

それから、その死を求める気持ちを、今は諦めてくれた事。

この二つが無ければ、時子はもう死んでいたかもしれません。

だから、桔梗も時子を救った人物の一人。僕はそう思います。


毎度お読み頂き有難うございます。また読みに来て下さいますと、有難いです。それでは。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎