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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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八人の住人

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103話 隣の五樹さん






お久しぶりです、五樹です。ちょっとぶり、でしょうか?


主人格である時子が、他の人格との記憶が共有出来るようになってから、僕達は割合楽しく暮らせています。

僕「五樹」が出しゃばった真似をしても、時子はそれを大して咎めないし、僕は存在を否定される事もありません。むしろ、かなり頼られていると思います。

何かちょっと怖い事や辛い事があった時には、時子は僕に意識を預けます。その時に彼女は必ず、「ごめんね」と言います。僕は「謝る必要は無いよ」と返します。

どうやら僕は“隣の五樹さん”位にはなれたようで、僕達は親しく話をして、心の中で笑い合う事も、僕が時子から拗ねられる事もあります。

でも、一度僕が、「統合が早く済むといい」と言った時には、時子は「五樹さんが居なくなったら、私はどうやって生活していけばいいのか…」と悩んでさえいました。それだけは、少し困るかな、と思います。

僕、「五樹」は、時子の苦痛な時間を交代し、彼女の為に何かをしておくのが自分の生き方だと感じています。その僕が居なくてはならないという事は、時子が苦しみ続けなくてはならないという事です。それでは困るのです。

統合はかなり先になるでしょうが、この間時子が考えていた事を、少しここに書きます。


彼女は、この事によく悩んでいました。頭の中で漠然と彼女は考えます。

“私が「主人格」、「主人格」と呼ばれているけど…それって本当なのかな?”

“もしかしたら、誰が主人格なのか分からなくて、全員が同じ自我を持っているんじゃあ…?”

そこで彼女は、一つの事に気付いたようです。心の中で手を打ち、彼女は叫びます。

“そうだ!だから私達は、「多重だけど一人」なんだ!”


時子は残念がるかもしれませんが、これはあまり正解とは言えません。

時子自身は、彼女の全人生を包括したただ一人の人格として、「主人格」と呼べます。

ですが、僕達別人格は、彼女がある強いショックを受けた時、その感覚をどこかへ葬るために剥離させた、感情的記憶のたった一部に過ぎません。

僕達が自我を持っているのは、主人格に対し「この記憶を思い出してくれ」とアピールする為なのです。自己の全人生における選択をする為ではありません。


とは言え、時子が「多重だけど一人」と思って安心してくれたのは、とても良い事でした。


今朝の時子は、雷の音に驚いて怖がり、引っ込んだままです。恐らく気圧低下も起きていて、目が覚めていたら辛いのかもしれません。僕は動画を観ながら、アクエリアスを飲んでいます。


毎度の事ながら理屈の多い文章ですみません。これからもたまに読みに来て下さると嬉しいです。それでは、また。




作品名:八人の住人 作家名:桐生甘太郎