Blackmark
妻とも別れて年が明け、自分を消す番がようやく来た日の夜。スカイラインに乗り、このコーナーを全開で抜けた。しかし、立ち上がりでどれだけアクセルを踏み込んでもスカイラインは死ぬことを拒否するように前へ加速し、脱出時のスピードメーターは時速百二十キロを指していた。
期待に応えられなかったスカイラインは、それ以来庭の置物になっている。
あのコーナーがどうして洋一だけを見逃さなかったのか、その理由はすぐに分かった。木枯らしが吹いた後で、あの街路樹から舞った落ち葉がコーナーの両端を埋め尽くしていたからだ。つまり洋一は、教科書通りにアウト側をアクセル全開で抜け、あの落ち葉を踏んだのだ。
おれがコーナーを眺めていると、丁寧にギアを落としながらRX-7が入ってきて、トコットの隣に停まった。おれが降りて缶コーヒーを差し出すと、佐々木は頭を下げながら受け取って、言った。
「こんばんは、いつもコーヒーありがとうございます。今日は空いてますね」
「そうやな、思い切り走れるぞ」
おれの言葉が合図になったように、佐々木がRX-7のタイヤを鳴らしながら出て行く姿を見ていると、ここを残して正解だったと心から思う。五年前の、ショッピングセンター誘致計画。実現すれば街路樹は消滅し、駐車場の殺風景な壁になる予定だった。自治会の中である程度の発言力を得ていたおれの一ミリも譲らない反対姿勢に、誰かが『息子が命を落とした場所』だということを耳打ちしたのか、意見はすんなりと通った。
だから今でも、赤いトンネルはあくまで、赤いトンネルのまま。あの忌々しい街路樹は、人を殺すために存在し続ける。洋一だけでなく、ここに集まる人間全員を絡めとるために。勝手に安全な場所に生まれ変わることは、おれが許さない。洋一だけが命を落とすなんてことは、あってはならないことなのだ。だから街路樹には、枯れて朽ちる日まで、その役割を果たしてもらう。
おれ自身は、いつ死んでも構わない。ただ、手ぶらで行っても『何しに来たんよ』と怒られる気がするし、この手の趣味は仲間が多い方がいい。それなら、向こう側に話の合う人間が一人でも多くいた方が、洋一も寂しい思いをしないで済むんじゃないかと、思えてくる。
だからこそおれは、佐々木のような若者が現れたら、頭の片隅に残るひと言を呟く。
『時速百二十キロ』。それは、死ぬと決めて初めてたどり着ける速度。
遠くで、RX-7の甲高いエンジン音が鳴り響いている。さっきトコットで前を一周したとき、赤いトンネルの両端には、少し落ち葉が積もり始めていた。
もうすぐ、冬が来る。