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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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元禄より宝永を挟んだ正徳三年、冬の日に、おりんは十六歳で、利助の元へ花嫁となって旅立った。


まずは昼に婿の利助が家に来て、おりんはそれを迎えて、頭を下げた。

家の戸口をおかねが開けて、「どうぞようこそ」と中へ迎えると、俺の隣に座っていたおりんは真っ赤になって俯き、居た堪れなかったのか、座ったままで利助へ深く頭を下げたのだ。

利助もどうしたらいいのかわからないのか、ぐるぐる目を回しながら戸口に突っ立ってばかりいた。だから俺は、おかねに「利助の足を拭いてやんな」と言った。

「そんな!自分で出来ます!こちらの手ぬぐいでよろしいので?」

そう言って利助が手に取ったのは、おかねの羽織だった。

「お前さん、あたしの羽織を泥だらけにしちゃいやだよ。ほら、足をお出しな」

「は、すみません…」

利助が家に上がると、おりんはますます俯いてばかりになり、“これで披露の席に立つなんて大丈夫なのか”と少し心配になった。

でも、おりんの前に利助が来ると二人は見つめ合って、おりんは、今まさに来た幸福の絶頂へと押し出され、泣き出しそうに笑った。

利助も泣きそうに笑い、俺達は二人に酒を注いでやって、二人も俺達の盃に酒を差してくれた。


花嫁衣装の披露は、利助の家で着替えてやる事になっていたので、おりんは、新しく買った小紋縮緬と桃色の羽織を着ていた。

それから少し食事をしていたけど、利助とおりんはたまに互いをちらっと見ては、俯いてから幸せそうに笑うばかりで、何も話そうとしなかった。

祝いの膳には、田作りや数の子が並んでいた。誰もが踊り出したいほどこの場に感謝をしているはずなのに、その分精一杯口を引き結んで、粛々とご馳走を胃袋に収めた。

おりんと利助は早く二人きりになりたいんだろうに、俺達は何という事もない互いの家の話などを出して、その場を次いでから、昼過ぎにおりんと利助を送り出した。秋夫は「おりんの荷物を持っていく」と言ってついていったが、すぐに帰ってきた。


「上手くやってるかねえ、おりんはさ」

すっかり緊張が解けてぐったりと壁にもたれたおかねがそう言う。

「あいつぁ結構抜け目がねぇんだ。心配ねぇよ」

秋夫は、さっきまではちびちびと控えめに飲んでいた酒を、がらっと煽る。

「きっと上手くいくさ。利助がいるんだ」

俺は、“なかなか上手い事が言えたな”と思った。

利助は頼りにならなそうに見えるけど、俺はずっと利助の隣に座って、彼の様子を見ていた。彼がおりんを、大事そうに大事そうに見つめているのを。




つづく