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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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元禄浪漫紀行(41)~(50)

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「ダメだ…」

俺は自分が何をしようとしているのか知っていたのに、“ダメだ”と言った。親父はそれで、「頼むから」と頭を下げてきた。俺はもう一度首を横に振る。お袋が悲しそうな顔をしているのが見える。

「男が一度「助ける」と言ったんだ!この銭は使えねえ!」

そこで、俺と親父は喧嘩になり掛けた。

「なんて事言うんだ!お前はおりんが可愛くないのか!」

「そういうんじゃねえ!元の約束の方が先だ!」

俺達が怒鳴りあっていた時、おりんが寝ていた布団が、もぞもぞと動いた。

「兄ちゃん…」

見ると、おりんは頑張って首を持ち上げ、震えながら俺を見ている。

「おりん!目が覚めたのか!」

「水を飲んだ方がいい、おりん」

親父とお袋は、湯呑みに水を汲んで、おりんに飲ませた。水を飲み終わると、おりんはまた俺を見て、本当は出来ないんだろうに、無理に笑って見せた。

「兄ちゃん…あたしの事はいいよ、その銭は、大事だから…」

「おりん…」

俺には、おりんの名前を呼ぶ事しか出来なかった。有難いのか申し訳ないのか、分からなかった。

「友だちのおっかさんが、死んじまうんだろ…」

そう言っておりんは片肘を布団につき、起き上がろうとする。

「おりん、寝てな!起き上がるんじゃない!」

お袋が慌てて止めても、おりんは布団に起き直り、ずっと俺に笑っていた。そしてこう言った。

「兄ちゃんの、義理のある銭だ…あたしに使う訳に、いかねえよ…」

「おりん…」

お袋は、まだ幼いのに、苦しい中で“義理のある銭”なんて言ってみせたおりんを見て、泣いてしまっていた。

“外は寒いだろう。でも俺は、風邪なんか引いた事もねえ”

俺はそう思って、踵を返して家の締まりを開け、外へ一歩踏み出した。

「ちょっと出てくらぁ」

「秋夫!どこに行くんだ!まだおりんが…!」

「うるせえな!すぐ戻るよ!」

親父の言う事を聞いている暇なんかなかった。



戻ってきた時、俺は褌一丁の姿だった。もちろん寒いは寒いが、叩き起して散々脅かした質屋は、それ相応の銭を出してくれた。

「秋夫、どこに行ってたんだ」

俺は親父の前に、金の包みをぼんと置いた。

「ほらよ、ここに銀三十匁ある。足りなきゃ俺が都合する。医者ぁ呼んでこいよ」

俺がそう言うと、親父は芯から嬉しがって、「すまねえ、ありがとう秋夫」と言ってくれた。

医者は「薬を飲めば熱は下がる」と言い、三日分の薬礼もなんとか払えたので、一日半でおりんの熱も下がった。



「兄ちゃん、ありがとな」

俺が仕事が終わって帰ってきた時、おりんが傍に寄ってきて、顔中笑い顔にしてそう言った。

「いいってことよ」

俺は、お袋の入れた茶を飲みながら、褌だけで火鉢にあたっていた。