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父のメッセージ

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病室に入ると、ベッドの上で微睡んでいる父が見えた。
私は父のベッドの横に立ち、側にあった椅子を引き寄せて腰かけた。ぼんやりと父の寝顔を見ていたら、父の寝顔を見るのもこれが最後になるかも知れないという思いが頭に湧いて来た。幼い頃から父に可愛がられ、父に甘えて育って来た私にとって、それは恐怖でしかなかった。同時に、父とのいろいろな思い出が、一度に頭の中に湧き上がってきた。
私は思わず涙が出そうになってしまい、しばらく俯いて涙が出るのを堪えていた。すると、いつの間に目覚めたのか、父の声がした。以前の父とは別人のような、今にも空気の中に溶け込んで行きそうな、途切れ途切れでかすれて細くて小さい声だった。
「裕子、来て、いたのか。」
私は顔を挙げて父を見た。そこには、以前とは比べ物にならないほど、やせ細って真っ白な父の顔があった。私は涙に気付かれなかったか、心配しながら慌てて答えた。
「うん、お父さん、気分はどう?」
父は私の言葉を無視して、自分の言葉を続けた。
「俺は、魂とか、死後の、世界とか、そんなものは、一切、信じて、いない。でも、俺が、死んでも、おまえの、ことは、ずっと、見守って、いるから。」
「お父さん、今そんなこと言わなくてもいいから。」
私は父が間もなく死ぬであろうということが、このときはまだ受け容れられなかった。だから、この言葉は父を励ますと言うよりは、自分自身に対して言ったのかも知れない。
「俺が、おまえを、見守って、いる、ことが、分かる、ように、ときどき、メッセージを、送るよ。」
父はそこでいったん言葉を切って、天井を見上げた。
「そうだな、家の壁に、いろいろと、掛けて、あるだろう。あれを、落とすよ。」
父は再び私を見つめて言葉を続けた。
「釘でも、画鋲でも、磁石でも、吸盤でも、どんな方法で、掛けていようとも、壁に、掛かっているものを、落として、見せるよ。」
私は、合理主義者で理屈に合わないことが大嫌いだった父が、いきなりこんなことを言い出したのは、やはり病気で精神が参っているのだろうと思った。
「壁から、何か、落ちたら、それは、俺からの、メッセージで、そのときは、俺が、側に、来ていると、そう考えてくれ。」
父はそれだけ言うと、疲れたのか目を閉じた。
「うん、解った。壁から何か落ちたら、そのときはお父さんが側にいると思うことにするよ。」
私がそう応えると、父は安心したように少しだけ微笑んだ。父はもう長く話すだけの力が残っていなくて、自分が言いたいことだけ、短い言葉で言ったのだろう。
これが、私が父と交わした最後の会話になった。
作品名:父のメッセージ 作家名:sirius2014