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南山あおい
南山あおい
novelistID. 58068
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SWING

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九月、公園のブランコにて。



何かが重なると、そこに運命を感じざるを得ない。たかだか誕生日が同じ、というだけで、彼女に何かしらのつながりを夢見てしまう。それは、表現を慎重に選ぶとすると、淡い恋心というのにふさわしいのかもしれない。「彼女」というのは、最近自分が熱を上げている、イタリアのロックバンドのベーシストだ。彼女の素晴らしさも美しさも、表現するには語彙が足りない。女神といっても遜色ない存在なのだ。自分よりわずかに年上で、わずかに身長が高く、それでいて、とてつもなく遠い。彼女の肩の辺りで波打つ、やや暗いブロンドの髪は、ちょうど今、東の空に懸かる満月の色と似ている。
 ジャングルジムの向こう側で始まった夜の、中秋の名月。膝を深く曲げないと座れないほどに小さくなってしまったブランコに座り、一人称不明の「自分」は夜空を見上げている。左右の鎖の無機的な冷たさに、現実を突きつけられたり、ほんの少しだけ癒されたりしながら。

 十四歳の誕生日ってのは、なんだか居心地が悪くて、すっかり疲弊してしまった。温かいお祝いの会を開催してもらったのにも関わらず、家族団らんからさっさと抜け出し、幼いころに通っていた近所の公園まで避難してきてしまった。もっとも、親や兄弟が悪いんじゃない。無邪気に生誕を祝われていた幼い日から、自分自身が変わってしまっただけのことだ。この日のために心を砕いて立てられた緻密な計画。好物だと思われている食事のみで埋め尽くされた食卓。自分の名前が仰々しく書かれた白いチョコレートのプレートが乗る誕生日ケーキ。ろうそくの火を吹き消すまでの間延びした「Happy Birthday to you」の家族の歌声。愛情の形が見えれば見えるほどに、そんなものには気づかないふりをしたくなってしまう。
 大人になったからなんだ、と思ってみるものの、それもどこか言い訳くさくて居心地が悪い。誰に対しての言い訳なのか、わかりきっているんだ。ハートフルな誕生日会を抜け出すようには、簡単に抜け出せない自分自身をもてあましながら、公園内の唯一の街灯を見上げる。
 なぜ人間は、明るい光だけをめがけて生きていけないのだろう。
 昼間の熱で乾ききった、足元の白い砂利をつま先で蹴ると、ブランコは少しだけ揺れて、同じ分だけまた反対側に揺れた。
 遠い異国の地で、時間も距離も何もかも飛び越えて、彼女も同じ月を見上げていたらいいのに。ぐっと背中を後ろに反らす。夏の匂いがまだ絡みついてくる。とてつもなく明るい声の彩芽の祝福も、まだ鼓膜で響いている。


「今日誕生日だね!おめでとう!」
どこで情報を仕入れてのだろうか、そうか、教室の後ろに掲示してある自己紹介カードか。個人情報漏えいもいいとこだな。来年はもっと薄い字で書かなくては。今の彩芽の声は教室中に響いていたな。授業中とか、誰も先生に報告しないでくれよな……誕生日で指名してくるあの変な女国語教師にだけは絶対に報告しないでくれよな……
「今日って、十五夜でしょ?」
思考は途切れた。そうなのか?九月十日は十五夜だったのか。団子。うさぎ。いや、今日はケーキだよな。
「十五夜って、毎年日にちがちがうでしょ?」
そうなのか?
「実はさ……」
なんだ?
「去年の十五夜、わたしの誕生日だったんだ!」
なんだ?だから、なんだっていうんだ?どうしてほしいんだ?過ぎ去った時間に向き直り、過去のその地点に向けて、物理的な空気振動を起こして「おめでとう」って言ってほしいのか?
 ……これは悪い癖だ。いつも、裏の設定を考えて黙り込んでしまう。望むとおりの答えを出せる自信がないんだ。失望させたくないだけなんだ。だから、言葉にするのが怖いんだ。
 そんな思案をよそに、彩芽は笑顔でこう言った。
「おんなじだね。」
おんなじだね、十五夜つながりだね、と。
ちょっとだけ、世界を揺らしてチャイムが鳴り響いた。
「授業、始まるー!」
慌ただしく駆け出す彩芽の後ろ姿を、またしても無言で見送った。

 なぜだろう。なぜ彩芽はこんなに無防備でいられるのだろう。
 こんなに言葉にするのが怖いのに。自分をさらけ出して相手とつながってしまったら、きっと、そのつながりを大切に思ってしまう。その先のことを考えたら、怖くて何も言えなくなってしまうのに。
 授業が始まる前の、誰のものでもない時間が流れていく。お祝いのお礼ひとつ言えないでいた自分は、月の裏側くらい寒い人間のような気がした。


 ひとつ年をとったら、ひとつ大人になると、単純に考えていた頃が懐かしく、愛おしい。握っている鎖を握りしめ、足をまげて、そして伸ばした。ブランコは、後ろにきしみながら揺れ、その勢いで前に振れる。足をまげて、伸ばして、まげて、伸ばして。そんな風に、自分も大きくなって、今日、十四歳になったんだ。足をまげて、伸ばして、まげて、伸ばして、悩んで、飲み込んで、迷って、ごまかして。月の光が大きくにじむ。大きく前にブランコが振り出したその瞬間、右足を大きく蹴り上げ、スニーカーをできるかぎり高く遠くへ飛ばしてみた。ペンキのはげた黄色い柵を飛び越え、くるくると月面宙返りのように上下左右なく回転し、スニーカーは靴底を上にして着地した。スニーカーにとっては大きな一歩だった。でも、自分の場所は何ひとつ変わらず、相変わらず前後に揺れるブランコに流されるままの無力な十四歳だった。
ブランコが自然に止まるのを待って立ち上がり、果てしない重力を感じながら、右足のスニーカーを回収すると、家路へとついた。月はさっきより少しだけ高く昇り、影がちょっとだけ小さくなっていた。

 自分の部屋に入るとすぐに、カーテンを開け、「月の光」の名をもつ彼女のロックバンドの曲を流した。低重音のベースラインを聞きながら、パソコンを開き、そっとキーボードを押していく。

『2021年 十五夜』

無限に広がるネットの海から拾い上げられた、去年の美しい中秋の名月の画像。それと共に、彩芽の生まれた日づけが、僕の目に飛び込んできた。カーテンの向こうにははっきりと秋の匂いが立ち込めていて、彩芽の誕生日は、あと十日と二十五分先の未来にあった。
 
 何かが重なると、そこに運命を感じざるをえない。
彩芽の「おんなじだね」が頭の中でリフレインする。その時の笑った顔や、長いまつ毛の感じまで思い出そうとしている自分に気づき、慌てて冷たいロスバッハ―で流し込む。さよなら、Green Day。四月の海、ラジオで流れていたあの曲。九月が終わる前に、ドアをノックして起こしてくるやつがいるんだ。それでも、少し、ほんの少しだけど心地いいんだ。

「おめでとう」
十四歳の彩芽のために用意した、たった一言を抱え電気を消す。ぼんやり月を見上げながら、彼女も、そして、「彼女」も、同じ月を眺めていますようにと願った。
生まれて初めて、叶うはずのない願い事を言葉にした気がした。だから、この胸の痛みは、きっと、たぶん、そういうことなんだ。


作品名:SWING 作家名:南山あおい