2004年7月・はなわの歌で佐賀県が有名になった頃
まあ、どちらでも良いでしょうが、確かに「にっぽん」の方が一般的でしょうかね。ただし、日本橋や日本書紀などは「にほん」が馴染み深い呼び方があるのも確かでしょう。
さてさて、アテネの空に何本の日の丸が揚がるのか、ここのところ数回のオリンピックの中でも、かなり期待出来そうな雰囲気があり、楽しみではあります。
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◆7月29日/芸者さんの名前は何故「○○奴」、「○○太郎」
日本人の名前の付け方は、時代によって流行のようなものがあるようで、特に女性の名前に変化が多いですね。この10数年は「子」が付いた名前がかなり少ない。昭和20年~30年代に生まれた女の子の名前は、80%ほどの確率で「○○子」でした。
しかしこのところ、10~20歳代のタレントさんに「子」が付いていると、何だかクラシックな女性ではないかとのイメージを持ってしまいます。それでも、男なのか女なのかの判断は出来ます。(ひろみ、薫、などの例外はありますが。)
ところが、ついぞ分からないのが、芸者さんたちの男のような名前です。貞奴、市丸、染太郎…どうしても女の名前とは思えません。
それは江戸時代、身分制度がはっきりしていて、人権軽視がかなりありました。その人権軽視の名残が今でも同和問題などの社会現象として残っています。しかし、そんな中にも徳川幕府は奴隷制度を禁止していました。(当時のアメリカとは大違い。)
特に婦女子の人身売買は極刑に処せられました。しかし古今東西、どの世界にも“売色”はあるもので、江戸でもご存知・吉原あたりでは、女性を売った買ったのやりとり…法律があってないような状態だったようです。
もちろん、おおっぴらには出来ないので、「年季奉公」の形をとって、表向きは人身売買にはならないように、手続き上の養女にするというカモフラージュの方法をとっていました。(昔から、お役所仕事は紙の上。)
そんな中、証文の名前を男の名前にする方法もあって、その名残が現代の芸者の名前に残っているとの事。芸者さんの男のような名前には、売られた女の悲しい歴史があったのです。
作品名:2004年7月・はなわの歌で佐賀県が有名になった頃 作家名:上野倫五