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雑草の詩 5

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 あっ、ちょっと待って下さい。お湯が沸いたみたいですから。」と再び真悟は立ち上がった。
 ヤカンを手にして入ってきた真悟は、カップを二つ出しインスタントのコーヒーを入れた。
「はい、森さん。砂糖とミルクは適当に入れてください。」と砂糖とミルクを森の前に並べた。そして言った。
「僕、このあいだ森さんに言われた事、こたえたんですよ。」
「俺、何か言ったっけ。」
「幸恵さんが、僕が医者になることを望んでるって言ったでしょう。そう思います、僕も。」真悟は、スプーンでカップの中を無造作にかき回しながら、森に言った。
「そうか。
 でも大変だなあ。入学金やら月謝、勉強だって大変だろう。それに、今年合格したからって、来年通るとは限らないしな。半年のブランクは大きいなあ、どうする気なんだ?」
 森は、真剣な面持ちで真悟の顔を見詰めている。
「大学に入学するまでは、合格するまではこのままここで頑張るつもりです。
 合格できたら、‥‥‥両親に頭を下げてみます。やるだけは自分でやって、足りない分は頼んでみようと思ってます。無責任な考え方だって思うかも知れないけど、今はこれしか考えが及ばないんです。
 みんなみたいに強くもないし、親に甘えることしか考えつかないけど、やっぱり、夢のほうが大事だし‥‥‥。」
 一言一言、短く力強く言葉をつなぐ真悟をジッと見守っていた森だった。
「いや、それがいいと思う、それでいいと思うよ。それだけ分かってて甘えるんだ、いつかキッとお返しは出来るさ。」 森の言葉に小さく頷く真悟。ポカポカと、暖かく部屋の中を巡る秋の陽に優しく頬を撫でられて、二人はひとときの休息に心を遊ばせていた。
 
 「オイ、坂口。あっ、森さんもおったとな。
 坂口、お客さんやっど、店に。どげんすいや、会うや。‥‥‥お前の親父さんやっけど。」
 真悟の部屋を訪れた村井に、いつもの元気はなかった。
「えっ、父が、父がですか!」
「村井、お前行って、お父さんをこっちへ連れてこい。」
 村井にそう命じた森の言葉に真悟は慌てた。
「ちょっと待って下さい、森さん。」
「坂口、お前今言ったろう。いい機会なんだよ、これが。
 村井、早く行ってきてくれ。俺が坂口見張っとくから。頼んだぞ!」
 森の言葉に戸惑いながらも、なぜかその言葉を拒絶することが、真悟には出来なかった。
(これがいいチャンスなんだ!)
 心の中で、誰かがつぶやいた。

 真悟の父を連れてきた村井と森は、父に挨拶をすると連れ立って出ていった。取り残された真悟は無言のまま父に席を勧め、彼の為にコーヒーを入れたり所在なげにアチコチ動き回っていた。
 父は、そんな真悟を静かに見守っていたが、差し出されたカップを手にすると、ゆっくりと品々の存在を確認するかのように部屋中を見渡しながら口を開いた。「ありがとう。
 それにしても、大変な生活をしているな。

 半年か、お前が半年も頑張れるとは、正直いって思ってなかったよ。
 どうだ、大変だろう。」
「そうでもないよ。みんな好い人ばかりだし、楽しいよ。」
 父の言葉に、平生を装いながら、真悟は言葉を返した。
「そうか‥‥‥。いや、いつかは根負けして戻ってくると思ってたんだがなあ。 私達の予想以上にお前は成長したようだ。」
 父は、静かに微笑みながら、おいしそうにコーヒーを飲み干した。
 森に語った真悟の言葉は彼の本心だった。けれどその事については、今彼は何も言えずにいた。
 父と息子は、互いに視線を合わすこともなく、無意味な動作ばかりを繰り返しながら沈黙を守り続けていた。
「さあ、あんまり邪魔してもいけないからな、そろそろ帰るとしよう。」そう言いながら父は立ち上がった。
「えっ、もう帰るの。」突然の父の言葉に慌てた真悟。
「ああ、黙って出て来たから、遅くなって母さんが心配すると行けない。それより、元気そうなんで安心したよ。」そう言うと、彼は真悟に背中を向けて戸口の所まで行き、そして背を向けたまま、
「真悟、余計な事だったかも知れないが、大学は休学ということになっている。母さんも母さんなりに随分と反省してるんだ。これからのことを話し合う気になったら、いつでもいいから帰ってこい。それじゃ、元気でな。」
 父の去った部屋の中で一人呆然と立ち尽くしたまま、
「ありがとう‥‥‥、父さん。」そう小声でつぶやいた真悟だった。

           ーつづくー

作品名:雑草の詩 5 作家名:こあみ