強制離婚
強制離婚
作者:ェゼ
何度同じ質問をされただろう。
「まりあちゃん。パパとママ、どっちと一緒にいたい?」
必ず離婚することになる制度。
恋愛という言葉を使わない10代。
私は、恋愛がしたい。
おばあちゃんが言ってた。おばあちゃんは恋愛で結婚したんだって。恋愛って何? おばさんがするものでしょ?
「あの……ずっと好きでした! け、け……結婚して下さい!」
そう、告られている私。昼休みに呼び出してきたと思ったら、やっぱり結婚。大抵授業の合間の休憩時間じゃなく、昼休みに呼び出してくる時はほとんど求婚。
「ごめんなさい。私、結婚に興味ないんだ」
屋上で目の前にいる同じクラスのほとんど話もしたことのない奴より後ろの奴らが気になる。通過しながらクスクス笑いをする同級生の女たち。聴いてないふりをしながらも、すぐに無くなるゴシップネタに、今にもスキップしながら誰かに報告に行く軽やかさ。それと違って、目の前のコイツは、マネキンのように固まっている。マネキンはパクパクした口を、少し感情も込めて言い返してきた。
「どうして駄目なの? だって! 結婚は早いうちに試した方が沢山家族を作れて安泰なんだよ?」
そう……確かに安泰だよね。早いうちに結婚した方が、沢山親戚も出来て、誰かが助けてくれる。コイツの親は披露宴ホテルを経営してるって聞いた事がある。だからクラスの女たちはコイツに黄色い声を掛けながら距離を縮める。
「私、恋愛……っていうものに興味があるんだ」
その声がどこまで聴こえたのかわからない。けれど、コイツを中心に半径20メートルの知っている奴や知らない奴が振り返る。そうだよね。言ってて恥ずかしいかもしれないけど、冗談程度で受け止めてほしいかも。
「ハ、ハハハハハハ!! か、開道かいどうさん。恋愛? それって、いつの言葉? だって、そういう……恋愛って、おっさんやおばさんになってからするもんじゃないか! ハハ、アハハハハ!!」
言っててホント恥ずかしい。だって、私だっておばあちゃんから聴くまで、意識したことのない言葉だったから。周りの聴こえてないフリしてる奴らが顔真っ赤にして笑いを堪こらえてる以上に、私の方が赤面しているよ。
「もうすぐ、昼休み終わるから……これで」
なんであんな事言ったんだろ……恋愛したいだなんて。そりゃそうだよね。三年結婚すれば、離婚できるんだから。
◆◆◆
「ほら! 開道さん! 聴いていますか?」
「あ、はい……すいません」
そう、聴いてない。全く耳に入らない。生年月日順に並んでいるおかげで、五月生まれの私はいつも窓際で外を眺められる事が嬉しい。毎日の性教育はもううんざり。そりゃあ三年ごとに旦那様が変われば、その間に子孫繁栄するわけで、コンスタントに結婚すれば、平均年齢の90歳までに24回の結婚できるわけで、24人の旦那様と結婚できる。どちらかが不能じゃなければ、大抵は20人程度の子供ができるわけで、別れた旦那様がそれぞれ別の奥様と三年ごとに子供産めば親戚は数百人。もう聞き飽きた。それに、人間っていつからネズミになったの?
「はい、開道さん! レポートの続き読んで!」
あ、えっと、どこだっけ。隣り席の子が指差してる……あ、わかった。
「はい……えと、今より50年前は、離婚率が80%を超え、政権交代と共に強制離婚制度が施行された。それは長い間、少子化を、け、懸念した政府が、婚姻後、満3年の時点で、婚姻を無効とするという……」
「開道さん、もういいわ! そう! あなた達が生まれるずっと前に決まった事なんです! これによって……」
これによって、3年という歳月を持って、結婚は完全無効。つまり初婚はお試し期間。おばあちゃんの時代は、1年や2年で離婚してバツ1とかバツ3とかって言葉が流行っていたみたいだけど、今どき3年以内で別れる夫婦は珍しい。だって、3年我慢すれば、正式に別れられて、次の3年後の離婚相手探して、子供が増えて、親戚が増えて、将来安泰。そして今の時代、一番生活が豊かになるのは冠婚葬祭系。3年ごとに離婚して、すぐに結婚。葬式は家族数百人に参列されて、銀行より潰れない企業。誰もがその一族と『3年だけ』の繋がりがあれば、生涯生活は約束されたようなもの。3年なら大抵我慢はできる。不安がない未来。そうね、そのチャンスの求婚をフルって、馬鹿だよね私。
おばあちゃんは一目惚れだって言ってた。おばあちゃんが一目惚れしてすぐに結婚。一目惚れ……何に惚れるの? おじいちゃんの事を私は知らないから、その意味は理解できない。だって、さっき告ってきたあいつも、一目惚れしたから結婚申し込んできたんだろうし、それって今と変わらないんじゃない? とりあえず惚れて、結婚。何が違うの? それが恋愛なの? わかんない……お付き合いの時期が少ないとか。そもそも『お付き合い』って結婚って意味じゃないの? 結婚って……。
「まりあ! ねえ、まりあってば!」
「あ、呼んでた?」
下校時間。ずっとぼぅっとしてた私。人がいなくなるまでずっと窓際で何を見るわけでもなく眺めるのが私の日課になっている。人の気配が少なくなっていく雰囲気が心地いい。今日は特に理由もなく、なんだかダルイ日。教室にひと気がないことを確認するように窓から目線を流すと、目の前に有華ゆかが机に頬づえを付いて見つめられている事にも気づかなかった。
「まりあってば! もう噂になってたよ? 今日の昼休みに茂しげるの結婚断ったんだって?」
そっか、あいつ茂って名前だっけ。高校に上がると結婚の申し込みは頻繁になる。中学からずっと有華が婚約を申し込まれている姿を見てきた。って言うか、16歳以上からじゃないと結婚できないから、ほとんど挨拶のように男子から申し込まれてた。
有華は私が無言でも一人でしゃべってくれるから楽だ。口数少ない私にずっと話しかけてくるのは有華くらいだ。
「でね! まりあが今日茂をフッたの聴いてぇ、実は私もさっきアイツに結婚申し込まれたんだけど……フッちゃった!」
「え、どうして?」
「だって、まりあ……恋愛したいって言ってたもん!」
そんな言葉まで広まる。そりゃそうかもしれないね。1クラス50人は下らない学校で、昼休みの屋上は1クラス分の人数がいる。一人に聴こえてれば、広まるのは下校までもたない。
「まりあ……恋愛したいんだよね?」
有華に言われるとなんだか恥ずかしい。心を見られているようで。そんな誰も口にしない言葉を漏らした自分がなんだか……。
「まりあ、私も恋愛ってしてみたいんだ」
恋愛っていう年配流行りなものに興味ある有華に少し驚きながらも、私の赤面している気分を見抜かれたくなかった。そんなに見つめないで。そんなに顔を近づけるとバレちゃう。そんな……。
「私のファーストキスだよぉ。これが恋愛なのかな?」
作者:ェゼ
何度同じ質問をされただろう。
「まりあちゃん。パパとママ、どっちと一緒にいたい?」
必ず離婚することになる制度。
恋愛という言葉を使わない10代。
私は、恋愛がしたい。
おばあちゃんが言ってた。おばあちゃんは恋愛で結婚したんだって。恋愛って何? おばさんがするものでしょ?
「あの……ずっと好きでした! け、け……結婚して下さい!」
そう、告られている私。昼休みに呼び出してきたと思ったら、やっぱり結婚。大抵授業の合間の休憩時間じゃなく、昼休みに呼び出してくる時はほとんど求婚。
「ごめんなさい。私、結婚に興味ないんだ」
屋上で目の前にいる同じクラスのほとんど話もしたことのない奴より後ろの奴らが気になる。通過しながらクスクス笑いをする同級生の女たち。聴いてないふりをしながらも、すぐに無くなるゴシップネタに、今にもスキップしながら誰かに報告に行く軽やかさ。それと違って、目の前のコイツは、マネキンのように固まっている。マネキンはパクパクした口を、少し感情も込めて言い返してきた。
「どうして駄目なの? だって! 結婚は早いうちに試した方が沢山家族を作れて安泰なんだよ?」
そう……確かに安泰だよね。早いうちに結婚した方が、沢山親戚も出来て、誰かが助けてくれる。コイツの親は披露宴ホテルを経営してるって聞いた事がある。だからクラスの女たちはコイツに黄色い声を掛けながら距離を縮める。
「私、恋愛……っていうものに興味があるんだ」
その声がどこまで聴こえたのかわからない。けれど、コイツを中心に半径20メートルの知っている奴や知らない奴が振り返る。そうだよね。言ってて恥ずかしいかもしれないけど、冗談程度で受け止めてほしいかも。
「ハ、ハハハハハハ!! か、開道かいどうさん。恋愛? それって、いつの言葉? だって、そういう……恋愛って、おっさんやおばさんになってからするもんじゃないか! ハハ、アハハハハ!!」
言っててホント恥ずかしい。だって、私だっておばあちゃんから聴くまで、意識したことのない言葉だったから。周りの聴こえてないフリしてる奴らが顔真っ赤にして笑いを堪こらえてる以上に、私の方が赤面しているよ。
「もうすぐ、昼休み終わるから……これで」
なんであんな事言ったんだろ……恋愛したいだなんて。そりゃそうだよね。三年結婚すれば、離婚できるんだから。
◆◆◆
「ほら! 開道さん! 聴いていますか?」
「あ、はい……すいません」
そう、聴いてない。全く耳に入らない。生年月日順に並んでいるおかげで、五月生まれの私はいつも窓際で外を眺められる事が嬉しい。毎日の性教育はもううんざり。そりゃあ三年ごとに旦那様が変われば、その間に子孫繁栄するわけで、コンスタントに結婚すれば、平均年齢の90歳までに24回の結婚できるわけで、24人の旦那様と結婚できる。どちらかが不能じゃなければ、大抵は20人程度の子供ができるわけで、別れた旦那様がそれぞれ別の奥様と三年ごとに子供産めば親戚は数百人。もう聞き飽きた。それに、人間っていつからネズミになったの?
「はい、開道さん! レポートの続き読んで!」
あ、えっと、どこだっけ。隣り席の子が指差してる……あ、わかった。
「はい……えと、今より50年前は、離婚率が80%を超え、政権交代と共に強制離婚制度が施行された。それは長い間、少子化を、け、懸念した政府が、婚姻後、満3年の時点で、婚姻を無効とするという……」
「開道さん、もういいわ! そう! あなた達が生まれるずっと前に決まった事なんです! これによって……」
これによって、3年という歳月を持って、結婚は完全無効。つまり初婚はお試し期間。おばあちゃんの時代は、1年や2年で離婚してバツ1とかバツ3とかって言葉が流行っていたみたいだけど、今どき3年以内で別れる夫婦は珍しい。だって、3年我慢すれば、正式に別れられて、次の3年後の離婚相手探して、子供が増えて、親戚が増えて、将来安泰。そして今の時代、一番生活が豊かになるのは冠婚葬祭系。3年ごとに離婚して、すぐに結婚。葬式は家族数百人に参列されて、銀行より潰れない企業。誰もがその一族と『3年だけ』の繋がりがあれば、生涯生活は約束されたようなもの。3年なら大抵我慢はできる。不安がない未来。そうね、そのチャンスの求婚をフルって、馬鹿だよね私。
おばあちゃんは一目惚れだって言ってた。おばあちゃんが一目惚れしてすぐに結婚。一目惚れ……何に惚れるの? おじいちゃんの事を私は知らないから、その意味は理解できない。だって、さっき告ってきたあいつも、一目惚れしたから結婚申し込んできたんだろうし、それって今と変わらないんじゃない? とりあえず惚れて、結婚。何が違うの? それが恋愛なの? わかんない……お付き合いの時期が少ないとか。そもそも『お付き合い』って結婚って意味じゃないの? 結婚って……。
「まりあ! ねえ、まりあってば!」
「あ、呼んでた?」
下校時間。ずっとぼぅっとしてた私。人がいなくなるまでずっと窓際で何を見るわけでもなく眺めるのが私の日課になっている。人の気配が少なくなっていく雰囲気が心地いい。今日は特に理由もなく、なんだかダルイ日。教室にひと気がないことを確認するように窓から目線を流すと、目の前に有華ゆかが机に頬づえを付いて見つめられている事にも気づかなかった。
「まりあってば! もう噂になってたよ? 今日の昼休みに茂しげるの結婚断ったんだって?」
そっか、あいつ茂って名前だっけ。高校に上がると結婚の申し込みは頻繁になる。中学からずっと有華が婚約を申し込まれている姿を見てきた。って言うか、16歳以上からじゃないと結婚できないから、ほとんど挨拶のように男子から申し込まれてた。
有華は私が無言でも一人でしゃべってくれるから楽だ。口数少ない私にずっと話しかけてくるのは有華くらいだ。
「でね! まりあが今日茂をフッたの聴いてぇ、実は私もさっきアイツに結婚申し込まれたんだけど……フッちゃった!」
「え、どうして?」
「だって、まりあ……恋愛したいって言ってたもん!」
そんな言葉まで広まる。そりゃそうかもしれないね。1クラス50人は下らない学校で、昼休みの屋上は1クラス分の人数がいる。一人に聴こえてれば、広まるのは下校までもたない。
「まりあ……恋愛したいんだよね?」
有華に言われるとなんだか恥ずかしい。心を見られているようで。そんな誰も口にしない言葉を漏らした自分がなんだか……。
「まりあ、私も恋愛ってしてみたいんだ」
恋愛っていう年配流行りなものに興味ある有華に少し驚きながらも、私の赤面している気分を見抜かれたくなかった。そんなに見つめないで。そんなに顔を近づけるとバレちゃう。そんな……。
「私のファーストキスだよぉ。これが恋愛なのかな?」