2003年2 月、たまには小噺(こばなし)が面白い
《2003年1月》
時々は小噺(こばなし)が話題に役立つかも知れません。
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◆2月1日/ 安心感とは
安心感…とは、何やかやの理屈ではないでしょう。
家族といる安心感、親友といる安心感、気の会う仲間といる安心感、ペットといる安心感、ビールを飲みながら好きなスポーツ番組を見るといったようなノンビリ過ごす安心感、そして自分の趣味に没頭する安心感。つまり、要らぬ気を使う事のない至福の時間…そんな文字通り「心が安らぐ感覚」を安心感と言うのでしょうか。
それでは我々は人間の本質的な安心感を、日常どんな風に感じているのか。一般的な日本人は現状に振り回されて、そんな事を考える習慣も余裕もないでしょう。しかし、少しのヒントで生活の中の一部に取り入れるのは簡単で、労力も知識も要らない。ただ人としての生き方を時々でも自分に問い直してみると「安心感 」を自分のどこかに求めているのに気付いてきます。
しかし、この数年間の自分自身への仕事の反省ばかりでなく、最近の日本経済の停滞・沈滞振り、暗澹たるニュースの山、政治家や一部官僚への憤りとそんな政治・経済へ何も反逆出来ない苛立ち。…情報過多によって、知らなくて良い事まで色々我々の耳に入ってきてしまいます。確かにゆったりと哲学的な思いをめぐらす余裕はありません。
とか何とか、堅苦しい考え方は置いといて、早い話が「ああ、安心できる…」と感じる時が一番幸せな時。お金も食べる分くらいは大丈夫、家族も今のところ健康、会社の同僚ともうまくいっている、そして何よりパートナーに何の遠慮も要らずに会話が出来る…こんな風に日常が温和だと、それで取り敢えずは「安心感」と言う言葉を意識しなくても良いようです。
安心感が欲しいと気になる時は、本人にとっては逆に今の生活を見つめなおす必要があるかも知れません。身近な原因を分析してみましょう。ちょっとした努力で解決するかも知れません。今年の念頭から、そんな事を時々は自分に課しながら過ごしています。
ところで、昨年の年末の大掃除で、本棚の本の後ろでホコリをかぶっていた神額(神棚ではない)を発見。それまではその存在も忘れていましたが、あまりに邪険にしていたのを反省して、ちょっとホコリを落として本棚の上に置き直しました。
2~3日に1回くらい手を合わせていますが、偶然かどうか今年は何だか仕事量が多いように感じます。この不況下に不思議です。このまま進んでくれれば、この数年間の大不振を少しでも回復出来るのでは。そうなってくれれば、何だか少々の安心感を得られるのですが…。
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◆2月11日/時には小噺も…
もう30年程前、東京に住んでいた頃、新宿の末広亭に何度か出向いた事があります。元来が漫才や落語も好きなほうなんですね。
当時は月の家円鏡や三遊亭円歌、林家三平など、本来の古典落語から逸脱した駄洒落風、即興風の落語が頭角を表していた頃です。最近の、落語家なのかバラエティータレントなのか分からない落語家のはしりと言えます。
寄席の雰囲気は、何だか江戸時代に紛れ込んだような感じがして、建物のイメージからして浮世絵の世界に住んでいるような錯覚を持ったものです。このところ、少しご無沙汰しているが「笑点」が長寿番組なのも分かりますね。
さて……こんな小噺を
●親孝行
「お父さんもあそこなら静かでいいだろう。」息子達が話しているのを聞いて、別荘でも建てるのかと思ったら、霊園のチラシがあった。
●急がばまくれ
S女子大の低い柵の前にバス停がある。学生達は遅れそうになると、ヒョイとスカートをまくり上げて乗り越えていく。
見かねた近所のオバサンが 「急がば回れ」と貼り紙をしたら、翌日には「急がばまくれ」と書き直してあった。
●美人税
男・「美人はいろいろ得をしているなあ。いっそ美人税と言うのを作って美人から税金を取ろうじゃないか。そうなったら、君はどうする?」
女・「勿論喜んで払います。」
●パンフレット
電化住宅のパンフレットを見ていた小3の子供が、大きな声で「親(おや)死んでください、だって。」ビックリして取り上げて見てみたら、「…に親しんでください!」と書いてあった。
●それが良い
前を走るトラックの後ろに書いてあった。『男は度胸、女は愛胸』
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◆2月15日/寄席と来れば、相撲
前回は、寄席に行っての雰囲気は「江戸時代」と書きましたが、相撲も文化的にはどこか一致するところがあるようです。自分の故郷から出ている力士の成績が気になるのも不思議なものです。たまたま外国出身の力士が横綱ではありますが、国際化と考えるのが妥当かも知れません。
それでは相撲は国技だと言われるようになったのはいつ頃だろうと調べてみると、それは相撲興行が常設館で行われるようになった明治42年、『国技館』と命名されてから認識が広まったのです。それまでは露天や、単に柱の上に屋根を乗せただけの土俵で相撲を取っていました。その名残が、屋根を天井から吊ってある今の形になっています。
ところで、力士が入退場する通路を花道と呼びますが、いかつい大男たちのイメージからして、何だか似つかわしくない呼び方ですね。一説ではファンがひいきの力士達に花を贈ったから…とも言われますが、力士自身が髪に花を飾って登場したから…との説が有力とのこと。奈良・平安時代に天皇が力士達を宮中に集めて、相撲大会を開催。節会(せちえ)相撲と呼ばれました。
この節会相撲で、東方の力士は葵の花を、西方の力士は夕顔の花を髪に飾って登場しました。東西の力士を区別する必要があったかどうかは定かではないようですが、そう言えば土俵以外に、劇場でも観客席から舞台への通路を花道と呼ぶのも面白い。
劇場の方は、いかにもファンが役者へ花を贈ったり「おひねり」をやってもおかしくないですね。その後に、相撲にも使われるようになった…と考えても自然なようです。どちらが時期的に早かったかで、語源が分かれるところでしょう。(そう言えばゴルフのグリーン前も花道と言いますが。)
ところで、つい最近横綱になった朝青龍(あさしょうりゅう)の名前は、高砂親方が命名したとは思えないような最高の名前でしょう。
中国古来の東西南北を表し、四方面を守衛するのが、青龍・白虎・朱雀・玄武の架空の4体。高砂親方の現役時代の朝潮から一文字取ったのは容易に分かりますが、それに青龍をくっつけたのが大成功でした。
「東」を守る青龍は、同時に「朝」も表しており、方角・時間ともに全体で1番最初という事になります。
日本でもよく使われる「龍虎」の言葉の語源もここから来ています。
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◆2月25日/今は西暦何年だろう
時々は小噺(こばなし)が話題に役立つかも知れません。
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◆2月1日/ 安心感とは
安心感…とは、何やかやの理屈ではないでしょう。
家族といる安心感、親友といる安心感、気の会う仲間といる安心感、ペットといる安心感、ビールを飲みながら好きなスポーツ番組を見るといったようなノンビリ過ごす安心感、そして自分の趣味に没頭する安心感。つまり、要らぬ気を使う事のない至福の時間…そんな文字通り「心が安らぐ感覚」を安心感と言うのでしょうか。
それでは我々は人間の本質的な安心感を、日常どんな風に感じているのか。一般的な日本人は現状に振り回されて、そんな事を考える習慣も余裕もないでしょう。しかし、少しのヒントで生活の中の一部に取り入れるのは簡単で、労力も知識も要らない。ただ人としての生き方を時々でも自分に問い直してみると「安心感 」を自分のどこかに求めているのに気付いてきます。
しかし、この数年間の自分自身への仕事の反省ばかりでなく、最近の日本経済の停滞・沈滞振り、暗澹たるニュースの山、政治家や一部官僚への憤りとそんな政治・経済へ何も反逆出来ない苛立ち。…情報過多によって、知らなくて良い事まで色々我々の耳に入ってきてしまいます。確かにゆったりと哲学的な思いをめぐらす余裕はありません。
とか何とか、堅苦しい考え方は置いといて、早い話が「ああ、安心できる…」と感じる時が一番幸せな時。お金も食べる分くらいは大丈夫、家族も今のところ健康、会社の同僚ともうまくいっている、そして何よりパートナーに何の遠慮も要らずに会話が出来る…こんな風に日常が温和だと、それで取り敢えずは「安心感」と言う言葉を意識しなくても良いようです。
安心感が欲しいと気になる時は、本人にとっては逆に今の生活を見つめなおす必要があるかも知れません。身近な原因を分析してみましょう。ちょっとした努力で解決するかも知れません。今年の念頭から、そんな事を時々は自分に課しながら過ごしています。
ところで、昨年の年末の大掃除で、本棚の本の後ろでホコリをかぶっていた神額(神棚ではない)を発見。それまではその存在も忘れていましたが、あまりに邪険にしていたのを反省して、ちょっとホコリを落として本棚の上に置き直しました。
2~3日に1回くらい手を合わせていますが、偶然かどうか今年は何だか仕事量が多いように感じます。この不況下に不思議です。このまま進んでくれれば、この数年間の大不振を少しでも回復出来るのでは。そうなってくれれば、何だか少々の安心感を得られるのですが…。
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◆2月11日/時には小噺も…
もう30年程前、東京に住んでいた頃、新宿の末広亭に何度か出向いた事があります。元来が漫才や落語も好きなほうなんですね。
当時は月の家円鏡や三遊亭円歌、林家三平など、本来の古典落語から逸脱した駄洒落風、即興風の落語が頭角を表していた頃です。最近の、落語家なのかバラエティータレントなのか分からない落語家のはしりと言えます。
寄席の雰囲気は、何だか江戸時代に紛れ込んだような感じがして、建物のイメージからして浮世絵の世界に住んでいるような錯覚を持ったものです。このところ、少しご無沙汰しているが「笑点」が長寿番組なのも分かりますね。
さて……こんな小噺を
●親孝行
「お父さんもあそこなら静かでいいだろう。」息子達が話しているのを聞いて、別荘でも建てるのかと思ったら、霊園のチラシがあった。
●急がばまくれ
S女子大の低い柵の前にバス停がある。学生達は遅れそうになると、ヒョイとスカートをまくり上げて乗り越えていく。
見かねた近所のオバサンが 「急がば回れ」と貼り紙をしたら、翌日には「急がばまくれ」と書き直してあった。
●美人税
男・「美人はいろいろ得をしているなあ。いっそ美人税と言うのを作って美人から税金を取ろうじゃないか。そうなったら、君はどうする?」
女・「勿論喜んで払います。」
●パンフレット
電化住宅のパンフレットを見ていた小3の子供が、大きな声で「親(おや)死んでください、だって。」ビックリして取り上げて見てみたら、「…に親しんでください!」と書いてあった。
●それが良い
前を走るトラックの後ろに書いてあった。『男は度胸、女は愛胸』
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◆2月15日/寄席と来れば、相撲
前回は、寄席に行っての雰囲気は「江戸時代」と書きましたが、相撲も文化的にはどこか一致するところがあるようです。自分の故郷から出ている力士の成績が気になるのも不思議なものです。たまたま外国出身の力士が横綱ではありますが、国際化と考えるのが妥当かも知れません。
それでは相撲は国技だと言われるようになったのはいつ頃だろうと調べてみると、それは相撲興行が常設館で行われるようになった明治42年、『国技館』と命名されてから認識が広まったのです。それまでは露天や、単に柱の上に屋根を乗せただけの土俵で相撲を取っていました。その名残が、屋根を天井から吊ってある今の形になっています。
ところで、力士が入退場する通路を花道と呼びますが、いかつい大男たちのイメージからして、何だか似つかわしくない呼び方ですね。一説ではファンがひいきの力士達に花を贈ったから…とも言われますが、力士自身が髪に花を飾って登場したから…との説が有力とのこと。奈良・平安時代に天皇が力士達を宮中に集めて、相撲大会を開催。節会(せちえ)相撲と呼ばれました。
この節会相撲で、東方の力士は葵の花を、西方の力士は夕顔の花を髪に飾って登場しました。東西の力士を区別する必要があったかどうかは定かではないようですが、そう言えば土俵以外に、劇場でも観客席から舞台への通路を花道と呼ぶのも面白い。
劇場の方は、いかにもファンが役者へ花を贈ったり「おひねり」をやってもおかしくないですね。その後に、相撲にも使われるようになった…と考えても自然なようです。どちらが時期的に早かったかで、語源が分かれるところでしょう。(そう言えばゴルフのグリーン前も花道と言いますが。)
ところで、つい最近横綱になった朝青龍(あさしょうりゅう)の名前は、高砂親方が命名したとは思えないような最高の名前でしょう。
中国古来の東西南北を表し、四方面を守衛するのが、青龍・白虎・朱雀・玄武の架空の4体。高砂親方の現役時代の朝潮から一文字取ったのは容易に分かりますが、それに青龍をくっつけたのが大成功でした。
「東」を守る青龍は、同時に「朝」も表しており、方角・時間ともに全体で1番最初という事になります。
日本でもよく使われる「龍虎」の言葉の語源もここから来ています。
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◆2月25日/今は西暦何年だろう
作品名:2003年2 月、たまには小噺(こばなし)が面白い 作家名:上野倫五