輝きのなかで
追いついた大志の傍らで、もう一度ふみちゃんはジャンプした。
「よし、肩車しよう」
「えっ、何?」
「肩車」
「いやよ、子供みたい」
「いいから」
大志は、ふみちゃんの両足の隙間に頭を通し、強引に持ち上げた。
「恥ずかしいじゃない」
跳ねだす足をしっかり固め、そのまま波打つ黄金色の神輿に迫った。
大志の頭を軽く小突いていた拳骨が動きを止め、汗が滲む髪の毛の上に置かれた。
「すみません、すみません」
ふみちゃんの勢いが、人込みを掻き分け二人は法被姿の男達に並んだ。
「久美ちゃん、久美ちゃん」
太股を掴んだ大志の掌にも振動が伝わる程の声だった。
「あっ、ふみちゃん」
びっくりしたような久美ちゃんに、人差し指と中指で作ったVサインを投げ出した。
「かっこいいよ」
「うん」
久美ちゃんも緊張から解き放たれた笑みを湛え、Vサインを返した。
(ここに、母の絵のなかのあの二人の少女がいる)
大志は、そう思った。
そして、頭上で言葉を交わす二人を見上げた。同じように、天女のように、宙を舞う二人を。
「わっしょい、わっしょい」
神輿に合わせて、膝から下の部分でリズムを取るふみちゃんのか細い足が、大志の両目の脇で消えたり、現れたりしていた。
爪先が首から掛けたスライドケースに幾度かぶつかった。
「楽しいでしょ、お祭り」
不意に覗き込んだ、ふみちゃんの髪の毛が大志の頬にくっつきそうだった。
首を上げた大志の前に、逆さまの面輪が微笑んでいた。
「お兄ちゃん、来年も来てね」
大志は、ふみちゃんの両足を固く掴んだ。
「わっしょい、わっしょい」
声を張り上げ、神輿の動きに合わせて、思いっきり揺すった。
上から歓声とも、悲鳴ともつかない声がした。
「お神輿、だいぶ前に行っちゃったよ」
仮設照明の光を眩いばかりに反射させた神輿が、二人の十メートルばかり先を行っていた。
「わっしょい、わっしょい」
さらに張り上げる大志と応戦したふみちゃんの声が溶け合い、それが熱いスープのように体の奥に流れ込んでいった。
立ち込める熱気に、光に縁取られた神輿が輝きを増していった。
(来年も来たいな)
ふみちゃんを肩に乗せた大志は、神輿に迫っていた。
先程、二人が登ってきた石段に神輿が差し掛かり、境内を後にしようとしていた。
石段の傾斜に平行になった神輿の上の少女を気遣う担ぎ手の激しい動きが止んだ。
大志の肩から降りたふみちゃんが、友達と一緒になって、そろりそろりと下っていく神輿の前に回り込んだ。
ここぞとばかりに、久美ちゃんと会話を交わしているようであった。
微かに月明かりで照らされた砂浜を怪しく這うざわめきが、鮮明に聞こえてきた。
石段の最上部で佇んでいた大志は、その響きを耳に、境内を振り返った。
飛び込んできた色彩のなかに、不連続な軌跡が描かれた。
時間的な配列はなく、現在、未来さえそこに織り込まれているような気さえした。
「わっしょい、わっしょい」
石段を降りきった神輿が再び激しく舞い始めた。
その脇で、ふみちゃんのワンピースが揺れていた。
大志はゆっくりと石段に足を下ろした。
数日前にそうしたように、またいつかそうするように、新たな軌跡をかみしめた。