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緑色の水風船 ~掌編集・今月のイラスト~

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「あ……水風船……」
「風船、好きなの?」
「え? ああ……まあ……そうね」
「おじさん、釣り針頂戴」
「ほいよ、100円ね」
 コヨリに結びつけられた釣り針を受け取った彼はビニールプールの前にしゃがみこんだ。
「何色が良い?」
「なんでも」
「そう言わないでさ」
「だったら……緑かな」
「よっしゃ」
 彼は無事に緑色の風船を釣り上げてくれたが、二個目に狙った赤い風船は釣り落としてしまった、緑を狙った時に少しコヨリを濡らしてしまっていたらしい。
「ちぇっ、俺ってあんまり器用じゃないんだ」
「そうみたいね」
 私は笑いながらそう返した。

 私は鈴木ひとみ、彼の名前は高橋敬一、もっとも知り合ったのはつい15分くらい前だったから名前を知ったのは5分くらい前、まだ彼はあたしの苗字も知らないけど。
「でもありがと」
「何か食べる? チョコバナナとかりんご飴とか?」
「ううん」
「たこ焼きとか焼きそばとかは?」
「今は良いの」
「……そう……」
「気持ちだけ受け取っておくわね、実は私、ここに遊びに来てるんじゃないの」
「あ、そうなの?」
「そろそろ仕度しなくちゃ……水風船ありがとう」
「あ……うん……」
 
 別にそっけなくして振り切ろうとしてたわけじゃないの、本当に時間なかっただけ。
 それにお腹もすいてなかった、って言うか、一通り準備が終わったから焼きそばを買って腹ごしらえして、少し時間が余ったからついでに少し夜店を見て回ってただけだったの。
 彼は……まあ、ナンパして来たには違いないんだろうけど、そういうことに慣れてるようにも見えなかったし、一生懸命私の気を惹こうとしてくれてるみたいで悪い気はしなかったわ、真面目で優しそうでもあったしね。
 多分だけど、彼ってこの辺りに住んでて、盆踊り大会の賑やかさにつられてふらっと出て来たのか、それとも焼きそばとかたこ焼きがお目当てだっただけかも……ごく普通のTシャツに短パン、サンダル履きっていでたちだったし。
 まあ、そんな人に声かけられるって、女の子としてはちょっと嬉しかったな。
 でも、仕度があるのも本当。
 踊りは休憩に入るってアナウンスが入って、私は揃いのTシャツを着た自治会の人に手伝ってもらって櫓の上に商売道具を並べて行ったわ。
『良い子のみんな~、櫓の前に集まって~』
 準備が整うとそうアナウンスされて、子供たちが集まり始めると、私は持参して来たCDをかけて貰ったの、CDはスコット・ジョプリン作品集。
 一応説明しておくと、スコット・ジョプリンはラグタイム・ピアノの第一人者、ラグタイムは彼が考案したって言っても過言じゃない、特に『ジ・エンターティナー』は映画『スティング』のテーマ曲になっていたし、題名や作曲者の名前は知らなくても、ほとんどの人は知ってると思う、子供たちが知ってるかどうかは微妙だけど軽快なピアノ曲だから気持ちは弾むし、ショーの進行を邪魔しないから私はいつもこれをBGMにしてる。

「みなさ~ん、こんばんは~、バルーン・アーティストのひとみと言いま~す」
 あいさつ代わりにお花のブレスレットをひねって「これ、欲しい人~」とやると女の子たちは歓声を上げて手を伸ばして来る、続けて海賊の剣をひねると、今度は男の子たちの歓声が上がる、お祭りでテンションが上がってるから今日は特に食いつきが良い、それからうさぎや白鳥と言った手早くできるものを矢継ぎ早にひねってプレゼント、そうやって私のペースに引き込んで行くの。
 子供たちがヒートアップして来ると、私は徐々に大がかりなバルーンを繰り出して子供たちの興味を繋いで行く。
 でも子供たちが見ている前で10分も20分もひねっているわけには行かないの、おしゃべりしながらでも5分が限度ね、だから準備が必要なの、細かい作業は終えておいて、何かの形がわかるくらいまでひねると用意しておいたパーツをくっつけて完成、とか、メインのパンダは子供たちの目の前でひねるとしても、パンダを乗せる虹のアーチはあらかじめ作っておく、とかね。
 ただね、風船ってしぼんじゃうのが宿命、その儚さが魅力でもあるんだけど、作り置きしておくわけには行かないでしょ? だから昼過ぎから会場入りしてテントの裏手でこそこそと、黙々と作業しなくちゃいけないの。
 で、やっと仕込みパーツが全部出来上がったから焼きそばでも食べておこうと思って夜店をうろついていた時に声を掛けられたってわけ。
 ショーの最中は敬一君のことなんか忘れてた、『なんか』なんて言っちゃ失礼かもしれないけどそんな余裕はないし、何より子供たちが目を輝かせて手を伸ばしてくれる、それが何よりも楽しくて……だってその顔が見たいためにバルーンを仕事にしたようなものだし。

「これが最後の風船よ~!」
 30分程のショーの最後に、私はペンシルバルーンを編み込んで作った赤い球を取り出したの。
 これが準備に一番手間がかかるの、もうね、2時間くらい夢中でひねらないと完成しないわ、でもね……。
 私がカッターナイフを取り出して見せると、子供達の目が「????」ってなるの、だって風船にはカッターナイフって天敵みたいなものだから。
 で、私が球をさっと切り裂くと子供たちは「!!!!」って息を呑むの、でも本当はここが最大の見せ場、球は実は羽で、球の中には『火の鳥』の頭、身体、脚、尻尾が畳んで入ってるってわけ、カッターで切り裂くのは出来上がった火の鳥の羽の先を編み合わせてある部分。
 カッターナイフが一閃してぱっと火の鳥が現れると、子供達は『わぁっ!』って驚いてくれる、その大きく見開かれた瞳の輝き! ショーのクライマックスでもあるけれど、私にとってもゾクゾクする瞬間なわけ。

 ショーを終えた私が道具類を片付けていると、今まで群っていた子供たちがさっと退いて行き、そこにぽつんと一人の男の人が残ってたわ。
「ここだったんだ……夜店をやってるのかと思ってあちこち探しちゃった」
「ふふふ、夜店の人って浴衣とか着てないでしょ?」
「それもそうだね」
「ショー、楽しんでもらえた?」
「君を探して夜店をうろついてたんで最後の方だけだけどね、火の鳥には僕もびっくりしたよ」
「大人にも楽しんでもらえたなら良かったわ」
 私がそう言って、櫓に引掛けてあった緑の水風船を振ってみせると、敬一君もにっこりとしてくれた。
「ショーが終わったんだったら、もうしばらく付き合ってもらえる?」
「うん、いいわよ」
「何か食べたいものは?」
「そうね、30分喋りっぱなしだったから喉乾いちゃった、ビールなんか最高かも、あとはたこ焼きもね」
「いいね」
 そう言った敬一君の瞳は、子供みたいにキラキラして見えた。
(この人とは『もうしばらく』じゃないかもね)
 私はふとそう感じたの、なんとなくだけどね。
 だって、空気が入っているだけの風船は直にしぼんじゃうけど、水風船はそうでもないもの……