雑草の詩 2
私はこう思います。あなたの求めている幸せは、きっとこの世のものではありません。何処か遠くのものです。だから、あなたにとって自分の持っている幸せなんて、とてもちっぽけでみすぼらしいものなんです。でも、ちゃんと見詰めて下さい。あな たの回りには幸せがいっぱい転がっているじゃありませんか。たとえそれがちっぽけなものでも、たった一つの幸せだけでも、人は幸福に生きられるんです。少なくとも、私はそう思っています。
今まで誰にも話したことはありませんでしたが、あなたには私のことを聞いて欲しいと思いました。そして考えて欲しいと思います。
私には父も母もありません。母は私を産んですぐに、父もその後を追うようにして一年後に亡くなったそうです。
幼い頃に両親を亡くした父は、母の店で働いていました。そして母に恋をしたのです。でも母の結婚が決まって、いたたまれずに父は兵隊に志願し、そして二人が再会したのは、戦争の後だったのです。
母の安否をきずかい方々を探し求めた父が、やっとの思いで焼け野ヶ原で出会った母は、売春婦でした。父親が死んで家を追われ、病弱の母親を背負って動乱の中を生き抜く為に始めた、売春婦でした。
父は悩んだようです。たった一つ残された父の形見の日記帳には、父の様々な思いが書き綴られていました。
でも父も母も全てを無くした生活の中で、お互いの温もりだけを頼りに精一杯生きました。
貧しくて、とても貧しくて、食べるものさえ事欠いて、身体の弱い母も、そしてその母をかばうようにして父も働いていました。けれども日記の中の父は、母と二人の生活をとても楽しげに私に語りかけてくるんです。
とても僅かな結婚生活で、母は死にました。それも、私を産んですぐに。「明恵が死んだ。」この文字だけで、書きなぐられたこの文字だけで、父の日記は終わっていました。
私の父や母は不幸だったのでしょうか。私はそうは思いません。お互いを信じ合って頼り合って生きた二人が、私はとってもうらやましいし、また私の誇りでもあるんです。だって力の限り生きて、愛したと信じられるのですから。
辛いこともいっぱいあります、苦しいこともいっぱいあります。けれど私も負けられないんです。だって私は、父と母が一生懸命生きて愛した証なんです。逃げるな、目を開けって、父が母が語りかけてくるんです。
私も、父や母に負けないように一生懸命生きようと思っています。それに私はとても幸せなんです。生きるって事が、毎日毎日がとても楽しいんです。だって、精一杯働けば食べることにも困らない、やろうと思えばどんなことだってやれる、そんな生 活が私の前には差し出されているんですから。
真悟さん、目をそらさないで下さい。あなたも私も幸せなんです。私達より不幸な人はいっぱいいるんです。目をそむけずに歩いてゆけば、一生懸命に生きてゆけば、きっと私達だって誰かに力を貸してあげられるかも知れないでしょう。
私は今、とっても幸せな気持です。だってあなたはやっぱり心の優しい人だったから。でも、これだけは考えて下さい。
あなたには健康な身体があり、素敵な御両親がいらっしゃる。やろうと思えば、どんな事だって出来るんです。どんな事だってやれるんです。
これ以上、あなたが何を欲しがっているのか、私には分かりません。でも、もう十分じゃありませんか。それとも、それだけじゃ不服なんですか。
いろいろと勝手なことを書きました。でも、私は真悟さんを信じています。優しい人だと信じています。
もし、私がこの家に居ることで、あなたがこれ以上苦しむのなら、正直に言って下さい。
これ以上、自分を苦しめるのは止めて下さい。お願いします。
幸恵より 』
ノートを持つ手が小刻みに震え、真悟の瞳は涙を溢れさせている。
「どうして、こんな時にも、こんな俺にまで、優しくできるんだ‥‥‥。
どうしてこんなに、強いんだ‥‥‥‥。」
ー つづく ー