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雑草の詩

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        『雑草の詩(うた)』
                          




 
       ー羊がひとり、羊がひとりー









                   村 田  豊 光




















         君に



    
    
    


    
    



  
    野に咲く花は 強いよね
    いつもお陽様に 顔を向け
    ホホエムように ウタウように
    クイシバルように 生きている
    
    僕なんか とても駄目だね
    ほんのわずかな風にさえ
    ぐらつき 倒れそうになっちまう
    
    君は強いね
    決して美しくはないけれど
    大地にしっかり根を張って
    いつも笑顔を絶やさない

    そんな君にも 泣く時や
    苦しい時があったんだろうな
    
    けれども 君は負けないで
    流れることなく生きてきた

    そんな君だから
    君の笑顔は 見るものを
    みんな 勇気づけてしまう

    これからも
    君と一緒なら
    僕も雑草になれそうな気がする


 

        ー雑 草 の 詩ー

     
          第 一 章
 
            1

 真悟はボンヤリと教室全体を見渡した。だだっ広いその教室の中にギッシリと詰め込まれた生徒たちは、講師の話を聞きながら首を前後に揺らして懸命にシートを取り続けている。真悟の座っているこの最後尾の列からは、講師の声はおろか黒板の文字さえ小さく霞んでしかと見定めることもできない。そこはまじめに授業など受ける気のない連中の指定席だった。
 この予備校では一時間目のはじめに出欠を取り、その出欠状態を親許へ郵送する仕組みを取っていた。が、その後の授業では出欠の調査はなかったので、一時間目の九十分だけをなんとか無事にやり過ごせば、晴れてその日一日の自由を勝ち取ることができるのだった。
 はじめの十分程、何とか講師の話を聞こうと努力していた真悟だったが、そのうち欠伸が出始めだんだんに嫌気がさして、なんとかノートに講師の似顔絵などを書いて時間を潰していたが、とうとう時計とニラメッコを始めて漸くのことで地獄の九十分は過ぎていった。
 真面目にノートの整理をしたり、ガヤガヤと廊下を占領して、にこやかに会話したり紫煙をくゆらせている学友達の間を擦り抜けて、真悟は予備校の玄関から逃げるようにして飛び出していった。
真悟の通う予備校の他にもこの辺りには駅を中心にして数校の予備校が林立し、それらへ通う若者たち目当ての本屋や喫茶店、はたまたパチンコ店やゲームセンター、麻雀荘が軒を並べ、授業のある時間帯でも一帯は多くの若者の姿で賑わっていた。
 行き交う人たちの視線を避けながら真悟は足早に雑踏の中を歩いた。駅前通りを抜けて少し静まった路地に入った彼は、一軒のパチンコ店の前まで来たところで暫く立ち止まっていたが、再び歩き始めて、今度は「サテン」という名の喫茶店の横にある階段を昇っていった。二階は麻雀荘だった。
 扉を開けると三人の男達がいた。彼らは雀卓を囲み退屈そうに各々漫画を呼んだり煙草を吹かしていたが、一斉に入ってきた真悟に視線を向けた。
「ヨウ、授業はどうした?抜けてきたのか、悪い奴だなあ。」ニヤニヤ笑いながら山口は片手を挙げて真悟を迎えた。
「ああ、あんなもの疲れるだけさ。それよりメンツも丁度揃ったことだし、早速始めようぜ。」そう言いながら雀卓に腰を下ろした真悟を加えて、麻雀は始められた。
 高校を卒業して三ヶ月余りを経たこの時期に、働くでもなく勉強するわけでもないこの集団は、パチンコ店や喫茶店、そして雀荘でその形を成してきていた。最終的な判断を自分の意志の外で下してきた彼等にとって、今やらなければならないことは外部からの強制に他ならなかったし、形さえうまく繕っておけばその強制からも逃れる手段はあった。そういう方面だけに知識を使っている彼等の中心に山口がいて、真悟もパチンコ店や学校で顔を合わすうちに彼と親しくなり、雀荘や酒場にしばしば足を運ぶようになっていた。
 少年から大人への階段を急ぎ足で駆け抜けようとして近道を探し求めている彼等にとって、踏みしめていかねばならない道程は余りに長かった。絶え間なく流れ来る時を費やす為に街には様々なものが用意され、そこには大人達がいて、そこに出入りすることで彼等は近道を感じていた。努力はまだ見ぬ果実だった。その実は高く、手に入れる心さえ持ち合わせていない。又、その必要もなかった。 

 真悟の父はさほど大きくもないが一応総合病院と名の付く病院の院長をしていた。外に対しても内に居ても常に真摯であり、物静かに、人生の声に従って生きている人物であった。進歩と調和に裏付けられたその人格の為に人望も厚く一帯の名士でもあった。母親も善行の人で、真悟の家は恰も良心の城とでも呼べる代物だったが、彼にはそれが重荷となっていた。
 高校まで余り勉強をしなくてもそこそこの成績を上げていた真悟は、懸命に準備することなく大学の医学部を受験し、当然の結果として失敗した。そして自分の才能にたかをくくっていた彼は慌てた。何一つ不自由を感じることなく育ってきた彼にとって、それは始めての挫折だった。
 父は元来息子の進路に口出しはしなかったが、医者になるものと決めつけていた母は、それ以来真悟の顔を見る度に「勉強なさい」を繰り返した。しかしそれよりも、失意に沈む彼の前に立ちはだかっていたのは男としての父の姿だった。誰からも尊敬され慕われ、確固たる道を歩き続けている父が真悟にはうっとおしく思えた。その道を自分も歩くと信じていた。それだけの才能もある筈だった。が、道は途切れてしまった。‥‥‥しかし、彼にはプライドがあった。そのプライドだけを頑なに守り続けているウマシカ並の息子には、偉大な父の影は次第に負い切れぬ程の重圧となり、自虐の念と自慰とが交錯しながらついには開き直って全ては爆発してしまった。(俺はどうせ駄目さ)とか、(その気になればやれるんだ、その時まで)とか、(今まで何もしないであれだけの成績を取れたんだ、本気になれば誰にも負けやしない)とか、甘えとも逃げとも付かぬ言い分けの下で、彼は遊んだ。大いに逃げ逃げまくり、その結果として知らず知らずのうちに山口の配下に下っていたのである。

 麻雀荘の一回にある喫茶店「サテン」にはいつもの連中が顔を揃えていた。麻雀を終えた真悟とその仲間達は薄暗い店の奥にあるテーブルに陣取り、ビールで満たされたグラスを手にして思い思いの話題に花を咲かせている。その様は、まるで着飾ったお人形さん達のショウ・ウインドー‥‥‥。

 「お袋の奴さぁ、最近やけにうるさくなってきやがってよ、『お願いだから、ちゃんと勉強して良い大学に入って。』だってよ。笑っちゃうぜ、親が親だからいくらやったって一緒だってんだ。」
作品名:雑草の詩 作家名:こあみ