小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

ベリー・ショート (掌編集~今月のイラスト~)

INDEX|1ページ/3ページ|

次のページ
 
「早紀!!! どうしたの!? その髪!」
「どうしたって……切ったのよ」
「そうじゃなくて、あたしが聞きたいのは『どうやって』じゃなくて『どうして?』よ」
「うっとうしかったの…………」
「うっとうしい……って……」
「手入れも大変だし……」
「手入れが……って……」
「それに、もう伸ばしてる必要なくなっちゃったし……」
「あ……」
 それを聞いて由美は愚かな質問だったなと後悔した……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 早紀と由美は大学時代からの友人、卒業後も同じ会社に同期入社した仲。
 会社を辞めるまでの早紀は腰の近くまで届く艶やかな黒髪がトレードマーク、いや、チャームポイント……アイデンティティだったと言っても過言じゃなかった。
 早紀と初めて顔を合わせればまず真っ先にその見事な黒髪に目が行くくらいに。
 
 そして、由美は早紀がそれまで髪を切らなかった理由も知っていた。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

20年ほども前のこと……。
夜もかなり遅くなった頃、早紀の母方の実家である青木家の電話が鳴った。
「もしもし、青木ですが」
「山崎早苗さんのお母様でお間違いないでしょうか?」
「ええ、早苗は私共の娘ですが……失礼ですがどちら様ですか?」
「申し遅れました、警視庁の者です」
「警視庁?」
「大変お気の毒ですが、早苗さんが亡くなられました」
「……え?……どういうことですか?」
「旦那様と一緒に事故に遭われまして……」
「…………」
「どうした?」
 早苗の母、早知江が電話口で絶句し、へなへなと座り込んでしまったのを見て、夫の和夫が受話器を受け取った。
「あ、電話代わりましたが……」
「山崎早苗さんのお父様で?」
「ええ、そうですが」
「警視庁の者です、大変お気の毒ですが……」
 警視庁の署員はもう一度同じことを繰り返さねばならなかった。
「申し訳ありませんが、○○病院までご足労願えますか?」
「……わかりました、○○病院ですね? 今から伺います……」
 孫娘の早紀はもうぐっすり眠っているのは幸いだった。
「俺が行って来る、お前は早紀と一緒に待っていなさい」
 そう言い残して和夫はパジャマを着替えると車に乗り込んだ。

「娘と夫に間違いありません、どうしてこんなことに……」
 霊安室で和夫は娘の早苗と、その夫である孝彦の遺体を前に立ち尽くした。
「関越自動車道でトレーラーとダンプカーが接触して横転する事故がありまして、ご夫妻は運悪くそのすぐ後方を走られていまして、横転したダンプカーに突っ込んだ形で……」
「孝彦君に落ち度はなかった?……」
「少なくとも重大な過失は」
「そうですか……」

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 こうして早紀は孤児となり、母方の祖父母に引き取られることになった。
 その時まだ小学校3年生、しばらくは両親の死を受け入れられずにいたが、ようやく受け入れられるようになると今度は猛烈な哀しみと淋しさに襲われた。
 ただ、早紀にとって幸いだったのは優しい祖父母の存在、昼間は気丈に振舞っていても夜になると涙があふれて来て眠れない日々を送る早紀を、祖母は暖かく抱きしめて慰め、癒してくれた。
 早紀が髪を伸ばし始めたのはその1年後から。
 母親の早苗も背中まで届く黒髪が自慢だった、毎日仏壇に飾られている父母の写真を見て自分も母のようになりたいと思ったのだ。
 そして日毎に亡き娘に似て来る孫娘の姿に祖父母も目を細めてくれて、とりわけ祖母は手入れをしてくれながら娘の思い出を語ってくれる……早紀にはそれが何よりうれしかった……母が自分の中にまだ生きていてくれるように思えて……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 その後、もちろん両親がいないと言う事を淋しく思ったりすることはあった。
 授業参観や運動会に他所の家では母親や父親が来てくれるのに自分のところは祖父母、でもそのことを揶揄されたりはやし立てられたりすることもなく、早紀は真っ直ぐに育って行った。
 由美と知り合ったのは大学の新入生オリエンテーションの席、たまたま早紀の真後ろに座った由美が見事なロングヘアに見とれて、思わず声をかけたのがそもそものきっかけ。
 早紀が早くに両親を亡くして祖父母と暮らしていることはすぐに知ったが、早紀はそれを恥じるようなこともなかったので由美もありのままに受け入れられた。
 家に遊びに行っても暖かく迎えてくれるお祖父さん、お祖母さんを由美もすっかり好きになっていたくらいだ。
 そして親友として大学の4年間を共に過ごし、同じ会社に就職することになった時も手を取って喜び合った。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 入社して3年ほどが経った頃のこと。
「しばらく会社を休むことになるわ」
「何かあったの?」
 早紀の沈んだ様子に、もしや、と思ったがその通りだった。
「祖父がね、亡くなったの」
「え? こないだお会いした時はお元気だったのに……」
「クモ膜下出血……寝ている間に逝けたのがせめてもの……」
 確かに既に80代半ばだったし長患いなどしなかったのは幸いだったかもしれないが、残された家族にとってはあまりに急で気持ちの整理もままならないだろう。
 残されたのは早紀と祖母だけ、葬儀のためだけの忌引きでは足りないだろう……。
「お祖母さんを元気づけてあげて……早紀も辛いだろうけど」
「うん、わかってる……」
「早紀も身体に気を付けてね」
「ありがとう……」
 それが早紀と会社の中で交わした最後の会話となった。
 休暇願は休職願となり、結局は退社届を提出することになったのだ。
 理由はお祖母さんの介護。
 50年以上も連れ添った仲の良い夫婦だったので、お祖母さんの落ち込みは激しく、心ここにあらずと言った状態になってしまい、家の中で転倒して足の骨にひびを入れてしまったのだ。
 亀裂骨折の方は程なく癒えたが、元々腰椎狭窄症を抱えていたので筋肉の衰えと共に腰痛を再発してしまった、その上80代の高齢、病院のベッドから起き上がれずにいる頃から認知症の症状が出始めていた。
 高齢者が怪我をして動けなくなるとそうなるのは比較的よくあること、しかもお祖母さんの場合は心労や喪失感も重なっている、症状の進行は速かった。
 怪我が癒えて家に戻れれば回復するのでは……早紀のそんな願いも、祖母の頭に宿った病は聞き入れてはくれなかった。

「お父さんがいないの、どこに行ったのか知らない?」
 夜中に何度も起きて来ては家の中を探し回り、最後は早紀を起こしに来る。
「家に帰らなきゃ……」
 ここがお祖母ちゃんの家なんだと何度言い聞かせても理解できない、50年間住み続けている家なのに……ここで結婚生活を始め、子育てをした思い出が詰まった家のはずなのに。
「お祖母ちゃん、やっと見つけた……さあ、おうちに帰ろう?」