女の歯医者さんだった
その女医さんは、あまり印象に残るタイプではなかった。
マスクをしていたせいかもしれない。
部長は若い女医に経験を積ませるため、私の治療をさせるのだろう。
私は練習台である。
私が我慢強くて、文句を言えないおとなしい人であるのをいいことに、若手の教育に使っているのだ。
しかし私も、いつも痛い時だけ急に来るので、贅沢は言えない。
だが、少しでも痛かったら、以前部長に教わったように、左手を上げて、未熟な技術に抗議しようと身構えた。
部長は私の左側に腰をおろして、洗浄吸引器で補助する係りである。部長もマスクをしていたが、いつもと変わらない四角い顔だった。
「左の上ですよね? どの歯ですか?」と部長に聞かれたが、
「この歯です」
とはっきり答えられないほど、痛みがないのが残念だ。
左上の奥歯だが、一番奥なのか、二番目なのかはっきりしない。
そのとおり答えると、部長は、
「じゃ両方やるか。」と女医に言った。
女医は「そうですネ」と笑っていた。
作品名:女の歯医者さんだった 作家名:ヤブ田玄白