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魔法少女は枕営業から始めなければならない【第三話】

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49階の階段手前に大浴場があった。女子しかいないので、特に女湯という暖簾も見当たらない。
大浴場へのドアは開け放しで男子を完全無警戒である。それだけセキュリティーは万全だということである。
千紗季が脱衣場に入ると、そこには誰もいない。全員が入浴中であった。
着替えを他人に見られないという安心感で、リラックスしてきた千紗季。脱衣を棚の籠に入れてから、全身をバスタオルで隠して浴室のドアを開ける千紗季。まだいろいろと恥ずかしい年頃である。不思議なことだが、大学生になると、バスタオルで隠す女子はほとんどいなくなる。子供と大人の分岐点はそんなところに現れるものである。
中に入ると、湯気がもうもうとしていて様子が窺えない。しかし、食堂にいた人数がここにいるというのが直感できる。
浴室内に空調があるのから、湯気が晴れてきた。空間の真ん中に浴槽が見えた。
円形の巨大浴槽に浸かっている者はおらず、全員がシャワーで体を洗っていた。
「ずいぶん整然としてるわね。いくらシャワーしてるからと言っても、話声ひとつ聞こえないのはすごく違和感があるわ。あれ?アタシのシャワーコーナーがないわ。ま、まさか、食堂と同じルールなの!?」
『ウウウ~。』
食堂と同じようにサイレンが鳴った。
『ダダダダダ~!』
これまた食堂と同様に、全員が一斉に走り出した。シャワーから飛び出して来たのだから、バスタオルで体を隠している女子はひとりもいない。
「みんな恥ずかしくないのかしら。ソコドルもアイドルの端くれよね?」
女子たちは次々に巨大浴槽にダイブした。『ザブン、ザブン』と大きな波を立てていく。
「もしかしたら、また定員オーバーなの?」
サイレンが鳴り続け、女子たちは隙間なく湯船に浸かり、目を閉じている。蜂の巣のように、寸分の隙間もない状態である。やはり千紗季ひとりがボッチにされたようである。
「まるで修業僧だわ。気味が悪いくらい統制が取れてるわ。」
「当然だ。みんなソコドルとして訓練されているのだからな。」
「豊島区マネージャー!」
いつの間にか、真っ裸の山田が千紗季の横に立っていた。
「またその呼び方をするか!まあ今回は許そう。十分に目の保養をさせてもらったからな。」
「えっ?」
千紗季は風呂の中を見るのに必死で、バスタオルの不在通知に気づかなかった。
「きゃああ~!」
慌てて体を隠したが、山田の満足げな目は、一度読み込まれた記憶の消去を許可しないコマンド感満載だった。
「ソコドルは自己責任だ。自分のすべきことは、自分で責任をもってやるんだ。自分の責任を全うし、何かあれば自分で責任を取り、自分に自分自身で責任を持つのだ。つまり、自分の、自分で、自分に責任だ。」
やがてサイレンが止まると、浴槽から全員脱出し、お湯もなくなっていた。
「アタシのお風呂タイムが・・・。」
「何を絶望している。これだけの湯煙だ。体を洗ったのと同等の洗浄効果があったはずだ。」
「そういう問題じゃないわよ。お風呂はゆったりと浸かって、今日1日の良かったこと、楽しかったことを反芻して、長期記憶という思い出にするんだから。」
「それは残念だったな。今日はそんなに楽しいことに溢れていたのか。」
「楽しい!?そう言えばそんなこと、限りなくゼロに近い、いやマイナスしかなかったわよ!」
「ならば、記憶として保存しなくて良かったではないか。」
「いや、ウラミとして、とことん溜めておくんだから、覚悟しなさいよ!」
「よし。それぐらい元気ならば大丈夫だな。」
「はっ。」
反論する言葉が見つからない千紗季であった。
「もうお風呂からあがるわ。」
脱衣場に行った千紗季は自分の棚を探したが、大事ものが見当たらない。大事ものとは決まっている。
「アタシのパンツがないわ!誰かに盗られたんだわ。でもあんな大人数から見つけるなんて、到底ムリだわ。」
顔を青くして、しゃがみこんだ千紗季。
「どうしたんだ?自分のパンツを無くしたという顔をしてるようだな。あたしも一緒に探してやろうではないか。」
「いいわよ。ソコドルはすべて自己責任なのよね。自分で探すわ。」
「いい答えだ。ソコドルに一歩踏み出したな。」
「ありがとう。豊島区マネージャーも犯罪に三歩足を踏み入れたわね。バキッ!」
「痛い!あたしの顔に何をする!」
千紗季は、右手で山田の顔を覆っていた自分のパンツを剥ぎ取って、左手で顔面パンチを食らわせていた。山田は入口の外に吹っ飛ばされた。
「いいモノもらったなあ。見込みがあるかもな。」
千紗季はスッキリした表情で、廊下一番奥の寝室に向かっていった。

「宿泊室と言っても、多分ベッドなんかなくて雑魚寝ね。それも布団が人数分よりひとつ少ないとかに決まってるわ。」
時間はすでに9時を回っていた。
「アイドルは健康第一、お肌のケアも睡眠からということね。」
千紗季は宿泊室のドアをゆっくりと開けた。
布団は整然と並んでいた。畳六十畳分ぐらいはある広さだ。
すでにソコドルたちは寝入っていた。いびきひとつ立てず、静かに寝ている。
「また布団がひとつ足りないとか言うんでしょう。その手には乗らないわ。ジャジャーン!」
千紗季は白い布を取り出した。毛布のようである。
「お風呂場にあったバスタオルを集めてきたのよ。これを毛布代わりにすれば何とかなるわ。究極のリサイクルよ。アタシのアイデア、素晴らしいわ!アハハハ~。」
千紗季は、腰に両手を当てて高笑いしているが、バスタオルの再利用はリサイクルではなく、窃盗である。
「さて、布団がひとつ不足していることを確認するわよ。」
大きな部屋では多数の布団が人型に膨らんでいるが、予想外に2つの膨張未了の布団があった。千紗季の分を除くと、ひとつ布団が余る計算となる。イヤな予感が千紗季の脳裏を光の速度で駆け巡る。
しかし、この期に及んでは寝るしかない。所狭しと並んでいる布団の数からして、極端な不埒はできないだろうと考えて、千紗季は眠りについた。
そして、夜は明けた。千紗季は横たわったまま、吊り目を開いた。
「あ~。よく眠れたわ。どうやら何事もなかったようね。杞憂に終わったわ。やっぱりこの衆人環視の中では犯罪は行われなかったみたいね。良かった。むぐ。息が苦しいわ。」
「朝チュン、朝チューはいいなあ。」
山田が千紗季の口を自分の口で塞ごうとしていた。
千紗季は慌てて、山田の顔を払って退けた。
「セクハラは止めてよ!」
「ああ、止めた。もういろいろ調べたし。」
「何をしたのよ?」
「ナニをしただけだ。初めてだったんだな。」
千紗季は慌てて布団にもぐってパンツを見た。使用済という印鑑が押してあった。
「ヒドいわ。なんてことするのよ、いやしてくれたのよ!」
「イタくはなかっただろう。優しくしたからな。」
「いったい何をしたのよ?」
「さあな。危険なことはしてないぞ。でもここに来たのはこれからやってもらう仕事の事前チェックだからな。」
山田は手に枕を持って、千紗季にビシッと向けた。
「売れないアイドルが自分を売り込むためにやることって言ったら決まってるだろう。朝食後は会議室に集合だ。」

会議室にやってきた千紗季だったが、集合していたのは、千紗季ひとりだけであった。