創世の轍(二)
「多作は、天気を読んでいるので御座いましょう。あの者が読む天気は、殆ど狂いが御座いませぬ。」
「そうか、しかし、明日の天気を知る為に半刻も要すのは、少々難儀な話じゃのう。」
「いえ、そうでは御座いませぬ。多作は、十日ほど先までの天気を当ててしまいます。そのおかげで、百姓達は、種蒔きや田拵えなどに備えることが出来るのです。」
「十日も先の・・」
と、誠伍の言葉を繰り返した豊前は、空を見上げている多作という農夫の傍に歩んだ。そして、
「その方、十日先までの天気を読めるそうじゃが、向後四、五日の予想は如何じゃ。」
と問うと、多作は、
「白菜の苗を植えるのは、三、四日先がええ。そうすりゃ、後の水やりの雑作が要らん。その間に縄を綯うて、筵を編む。裏山の小枝も落として薪が作れる。その後、落ちた木々の葉を集めて、春の土作りに備えて肥やしも作れる。ただ、気がかりなのは、あのずっと向こうに在る小さい星でございますよ、お侍様。」
と応える。
「これ! わし等の殿様じゃ。気安い呼び方をするな。」
と、誠伍は、気が気ではないが、豊前は、誠伍を手で制し、
「どの星じゃ?」
と問う。多作は、
「ほれ、あの青白く光る星のずっと向こうに在るわ。」
と、指さして言う。
「どれじゃ?」
「あぁ、あんた様にゃ、見えんようじゃな。それでは、何度言うても分からん。見るのは、諦めることじゃ。」
「そうか・・では、諦めるが、その星が何故気になるのじゃ。」
「さあ・・」
と、多作は、佐太郎に目を向け、
「あの星は、佐太郎様の運命を握っておりますよ。今は、芽を出したばかりで道端の草と変わらんが・・」
「どうなる?」
「天気任せじゃな。」
「お前は、天気ばかりでなく人の運命も見えるのか。」
「さあ、よう分りませんが、天気も人の運も、わしに取っては何の変りもない。」
と、多作は、言う。
豊前は、黙って頷いたまま座敷に引き返した。そして、
「少々眠とうなった。」
と、床に座り、壁に背を預けて眠ってしまった。
翌朝早く須間三郎が帰ってきた。彼は、豊前の予言通り河内の国の武将、矢頭昌宗の首を持ち帰っていた。