TM ら~くぬり(おしゃべりさんのひとり言 その96)
TM ら~くぬり
以前、僕はイラストの仕事が発展して工業デザインも手掛けるようになっていたんだけど、ちょっと面倒な人から仕事を請け負ってしまって、後悔したことがあるんです。
契約書ってのは、しっかり交わしておかなくちゃって、勉強になりました。
広島で洗剤製造してる家族経営の会社がありまして、大手住宅メーカーの下請けで、ハウスクリーニングもされていました。
歴史はちょっと古く、「液体洗剤を初めて開発したのは我が社だ」とか、ちょっと眉唾感を拭えないようなこと仰っていた企業さんでしたけど。
僕はちょうどその頃、営業の研修を兼ねて、建築関係の会社との繋がりがあったので、住宅メーカーから仕事を紹介されたんだけど、その広島の企業が自社の床ワックスを塗る専用モップを製品化したいらしくって、そのデザインをお願いされたんです。
「我が社のワックスを一般家庭に販売したいんだ。じゃけん、ホームセンターに並べたところで、誰も買っちゃくれん」
「はい、コマーシャルでも流さないと、選んでもらうのは難しいですよね」
「品質には自信がある。だからハウスメーカーにお客へのプレゼントとして、ワックスを採用してもらう運びになったんじゃ」
「なるほどノベルティ商品というわけですか。それでモップというのは?」
「リピーターの客をつくろうと考えて、専用モップでないと塗れんようにしたいんじゃ。そうすれば気に入った客はまたワックスを買ってくれるじゃろ」
それで幾度となく打合せを繰り返し、ついでにそのハウスクリーニングって仕事にも興味があったので、現場に立ち会わせてもらったら、そこで目の当たりにした技術に驚きました。単なるお掃除屋さんじゃないんですよ。
それは、洗剤や薬剤を使って、古くなった木材を新築のような色合いにまで戻せる技術だったんです。
別に企業機密があるわけじゃないので、その仕組みをここで説明しますと、古くなった木材を洗剤で洗うだけじゃ、あまり効果は期待できないでしょ。
でもそこに過酸化水素水(オキシドール原液)をぶっかけると、発泡して内部のアクが浮き出てくる。それをアルカリ性の洗剤で洗い流す。それだけでも結構きれいになるんだけど、色がまだ黄色っぽいので、酸性の薬品(有毒ガスが出て危険だから何を使うかは内緒です)を刷毛で塗り込んでいくと、中和して色合いが白っぽくなってくる。あとは家主さんのお好みの色合いになるように、この薬品の濃度を工夫するか、塩素系漂白剤(ハイター)で明るく色味を調整したりするんです。
すると本当に新築したみたいな見た目になるんですよ。
木造住宅って日本中にいっぱいありますけど、田舎に行けば行くほど、瓦屋根に塗り壁、木の柱が等間隔で外壁に見えてる家ってあるじゃないですか。その木部はもともと白木でも、経年劣化で茶色っぽくアクが浮き出てきて、10年も経つと風雨にさらされて真っ黒けになっちゃったのを、誰でも見たことあると思います。
もしそれが、新築当時みたいな白木に戻せるなら、洗ってもらいたいって思う家主さんは結構多いと思うんですよ。(工期は職人一人で2~3日、代金は20~30万円くらい)
その広島の会社、そんな仕事を細々とやってらっしゃる。もったいないじゃない。
もっと大々的に広げられるビジネスだって思ったから、この技術を習得させてもらうことにしたんだ。専門の職人さんが一人いて、色々と丁寧にノウハウを伝授してくださいました。
依頼を受けたモップのデザインも、その職人さんに使い勝手や提案を聞きながら、同時に進めました。
それで某大企業のP電工(当時はM電工という名称)のビルメンテナンス部門の専務さんにコネがあったので、その方のお家をお試しできれいにハウスクリーニングさせてもらったら、いたく感動されて、それを天下のP電工で事業展開していただける運びとになったんです。
名古屋に本社があるビルメンテの子会社に僕が出向して、広島の職人さんにも手伝ってもらって、そこの社員さんや下請け企業さんに技術トレーニングしながら、東海地方一円でそのサービスが試行開始されました。
そのサービスは『白木あらい』と呼ぶことになりました。(現在はP電工が登録商標を取られているかもしれないので、ここでは『洗い』を敢えて平仮名で表記します)
つまりそのビジネスはたった3か月ほどで軌道に乗り始め、広島の会社は大喜びってわけですけど、僕はわずかな謝礼しかいただけませんでした。僕のコネでビジネスを広げたにもかかわらず、僕が個人で走り回った仕事なので、薬剤を提供してくれる広島の会社には、なめられてたんでしょうね。ま、月に数回の手間だけで、P電工からはトレーニングに行く度に、コンサルタント料のようなものを毎回支払っていただいていたので、広島の企業には文句は言いませんでしたけど。
作品名:TM ら~くぬり(おしゃべりさんのひとり言 その96) 作家名:亨利(ヘンリー)