信じられない男
彼女のもとに辿りついた。
たった数十メートルの距離が、この時ほど長く感じたことはなかった。
彼女は、僕をみて、ほほ笑んだ。
目の周りは、泪で腫れていた。
僕はまず、遅れてごめんと言った。
彼女は言った。
「いえ、忙しいのに約束させてしまって、ごめんなさい。それに、そんなに息を切らせて走って来てくれて、ありがとう。でも、見ての通り、私はもうびしょ濡れだから、お店には入れません。また今度、別の機会に、食事に誘ってもいいですか?」
彼女の言葉が耳に入るたび、僕の顔を雨ではない雫が流れていった。
彼女はそれに気付くと、驚いた顔をして、気にしないでとだけ言った。
笑って、言ってくれた。
僕はその日、彼女を自宅に呼んだ。
シャワーを浴びさせ、それから缶ビールを一本あけた。
そして、自分がなぜ約束に遅れたか、どうしてそんなことをしたのか、今まで経験したことを、全て語った。
語り終わる頃には、夜が明けていた。
僕の話を、途中で泪を流しながら、時に悲しそうな顔をしながら、彼女は全て聞いてくれた。
僕は、全て話した後、もう一度ごめんと言った。
彼女は首を横に振り、あなたは悪くないと言った。
しばらく沈黙が流れ、彼女がもう一度口を開いた。
「わたしは、裏切らない。あなたに、人を信じることを思い出させてあげる」
彼女の眼には、決意の炎が確かに燃えていた。
それでも、僕は彼女のその言葉すら、信じることができなかった。