Fray
「真里佳、忘れたくなければ、ずっと話し続けるのが一番いいのよ。どんなことでも」
「ドッペルになれってこと?」
顔を上げた真里佳が呟くと、梨子は首を横に振った。
「声に出して。私は聞きたい」
真里佳はうなずくと、再びシリアルとの格闘を始めた。その表情に笑顔が混ざったことを確認すると、梨子はスマートフォンに視線を落とした。乃亜から追加でメッセージが届いている。
『土曜の昼、カラオケいきてーって感じない? 真里佳ちゃんにも聞いてみてほしいな』
梨子は小さく息をつくと、真里佳に言った。
「土曜の昼、乃亜とカラオケ行くんだけど。どう?」
「どうって? いいと思う。乃亜さんと仲いいじゃん」
真里佳はそう言ってシリアルを食べ終え、意図に気づいて目を見開いた。
「私もってこと?」
梨子は笑いながらうなずいた。真里佳のリアクションは決まって『いかねー』だった。でも今は無理にでも、何か少し、ぽっかり空いた隙間を埋めるだけのものを提供したい。人と会ったり話したり、そういうことしか思いつかないけど、二度としたくないという感想でもいい。一度はやらないと、二度としたくないという感想すら、頭には放り込めないから。
「ハンデもあり」
梨子が言うと、真里佳は笑った。
「カラオケでハンデって、何?」
「耳栓オッケー」
「聞こえないじゃん」
「アイマスクあり」
梨子が続けると、真里佳は子供の頃の癖が少しだけ滲み出したように、背中を椅子に預けて笑った。
「見えないじゃん」
これ以上提案はないということを示すように、梨子が肩をすくめると、真里佳は表情筋を鍛えなおすように、これからの人生で無数の人に見せるに違いない色々な表情をひとしきり作った後、笑顔に落ち着いた。
「行く。楽しそう」