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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Fray

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 幼稚園だったか、とにかく子供の頃。同年代の子供たちと肩を並べて、テレビを見ていたとき、アニメーションのうさぎが跳ねまわるテレビコマーシャルが流れた。あちこち出ては入ってを繰り返し、最後に商品名が画面いっぱいに出て、下からそのうさぎが指差すのだが、小気味よい音楽とうさぎのコミカルな動きに、隣にいた子供は笑っていたと記憶している。自分は、そのうさぎを捕まえたい衝動に駆られていて、あわよくば叩き殺したいと思っていた。うさぎがにっこりと笑って地面から頭を出すところにハンマーを打ち下ろすとどうなるか、想像していた。それは子供特有の、ふとした瞬間に訪れる謎の真顔や沈黙、あるいは突飛もない行動の裏側にある、一瞬だけショートしたように散る火花のようなもので、大人になれば回路が完成して、そんなことは滅多に起きなくなる。しかし、それが大人になってもはっきり残っていれば、変えられない性質だと言える。例えそれが、どれだけ異常であっても。
 二十歳になっても、うさぎはずっと頭の中で跳ねまわって、ハンマーを打ち下ろされるのを待っていた。それでも、用事を全て放り出して当時のコマーシャルを気長にインターネットで検索し、やっと発見した動画の再生ボタンを押したときは、まだ頭の中で期待していた。今の自分なら、大昔のコマーシャルが頭の中にずっと居座っていたなんて、馬鹿みたいだと思うに違いないと。実際には違った。小学校、中学校、高校とずっと見逃してきた何かが目の前にあって、餌に飛びつくように頭が自分自身の分析を始め、結果をはじき出した。
 うさぎでも、軽快な音楽でもない。何かが逃げ惑う姿が好きなのだ。
 山田芳人という、よくある名前。背だけがひょろりと高くて、やや猫背な見た目。公立大学の二年生で、文学部社会学科。あだ名は学校だと『だーやま』、バイト先のショットバーと下宿先では『ヨシ』。色々な顔を使い分けていたつもりだが、この火花の出元だけは言えないと、そのとき確信した。
 具体的なイメージになった例の『うさぎ』は、毒が回るみたいに頭の中を支配した。本当にやりたいことが具体的な形になったのは、それから二か月後の夏休み。深夜に夜景が見渡せる展望台まで中古のオデッセイを走らせた。思い返せば運転は荒いほうで、慌てたりまごついている車の後ろにつくと無意識に距離を詰めて、余計に慌てさせたくなることが多かった。展望台に着いたからといって、何をするでもない。ただ缶コーヒー片手にぼうっと景色を眺めたら、帰りにファーストフード店のドライブスルーに寄って、帰る。ただそれだけの予定だったが、その日は展望台に先客がいた。お互いそれなりに驚いて硬直し、短く挨拶を交わした。女の人が一人で夜景を見に来るようなところではないと思ったが、何かを諦めたように俯いた女の人はすぐに展望台を下りていった。しばらく夜景を眺めて引き返そうとしたとき、懐中電灯の光が森の中をちらついていることに気づいた。さっきの女の人が迷っているのだ。直感的に気づいて、森の中に入った。懐中電灯を追っている内に頭の中が熱を帯びてそれが足に伝わり、気づいたら全力で走って背中を追いかけていた。
 女の人が振り返って飛び上がり、背を向けて全力で走り出した。何をしたいのか自分でも分かっていなかったが、懐中電灯を持ったまま女の人は転んで岩に頭をぶつけ、寒気が走ったように体を震わせると、そのまま死んだ。
 竹下早紀、二十四歳。会社員。一人目。
 二つの幸運が働いた。一つは、一時間後に雨が振り出して二人分の足音を消してくれたということ。もう一つは、竹下があの日展望台にいた理由。山道に停められた彼女の車の中には、遺書があった。死ぬつもりだったのだ。ただ、山の中を全力で走って転倒したというところは正確に報道され、迷って野生動物に追いかけられたのではないかという当時のワイドショーの分析は、今でもお気に入りだ。
 二人目は、玉来信介。四十歳で、通称タマちゃん。バイト先のバー『ばなな庵』の店長で、かろうじて稼働する肝臓に生かされているような、離婚歴二回のだらしない男。定休日も、二人で行きつけの店を飲み歩いていた。口癖は『やべー奴に命取られそうなんだよ』で、それならいつ死んでも不自然じゃないと気づき、ライブイベントの帰りに港で殺した。追いかけるとふざけたように『なーんだよー』とか言いながら逃げる振りをしていたが、シンダーブロックで一発頭を殴ってからは本気になった。これは、ニュースにすらならなかった。主が不在になったバーの前で、常連客が『あいつ飛んだな。ヨシ、バイト先あんのか』とこっちの心配をしてくれたぐらい。
 三人目は、牧田流花。二十五歳の会社員。正直、冷や汗ものだった。これが最後の殺しで、大学も最後の年。二十二歳だった。その辺を歩いている人間をいきなり追いかけるわけにもいかず、こちらも随分と賢くなっていた。一人目が上手くいった理由をよく考えて、SNSで自殺志願者を釣ることにした。一人で実行できないだけで、本音ではこの世から去りたいと思っている人間は、実はこちらが少し暗い気持ちになるぐらいたくさんいて、仲でも本気度の高かったのが牧田だった。待ち合わせ場所は、そこ自体が殺人現場にふさわしいような、人気のない場所だった。屋根の傾いた廃屋があって、片方のドアが焼け焦げたトラックと、塗り直された真っ赤な郵便ポストが目印。少し手前にはもう使われていないバス停の看板。牧田は『お若いですね』と言った。こっちは、全力疾走できるように少し準備運動をしていたから、生命力に満ちていたのかもしれない。打ち解ける時間も勿体ないから、その場で追いかけて殺した。問題は、廃屋の中に人影が見えたということ。とんでもないミスだった。全力で逃げて、当然だがその日は眠れなかった。道の真ん中で仰向けになった牧田の遺体は翌日のニュースになったが、事前に遺書を残させていたこちらのファインプレーが功を奏して、竹下と同じような扱いになった。
 狂乱の大学生活が終わり、殺人と就職活動を両立していた甲斐あって、そのまま株式会社徳井エンジニアリングの社員になった。得意先の受付嬢だった新堂夏美と交際を始めて結婚し、昭人が生まれ、四歳になるのと同時にこちらは三十歳になった。
 午後十時を回った今は、夏美と昭人は両方眠っている。夏美の趣味で飼っている二匹のドワーフハムスターだけが元気だ。どこにでもいる夫妻に息子一人という三人家族になった今は、それ以前に起きていたこと全てが遠い過去に感じる。当時の面影があるとしたら、荷物の下敷きになった古い靴箱の中に眠る、戦利品だけ。そこには、竹下早紀の懐中電灯と、牧田流花を刺したナイフが入っている。
 四歳になった息子が動き回るのを見ていると、今まさに頭の中で何か小さな火花が走っているんだなと、実感することがある。それが何かは知りようがないし、何より『うさぎ』じゃないことを願っているが。
 ちなみに、こっちの人騒がせな『うさぎ』は今も頭の中にいて、すっかり弱くなった火花を起こそうと、あちこち噛んだり引っ掻いたりしている。もちろん火花は散らない。所帯を持ったこちらとしては、そう簡単に散ってたまるかと思っているぐらいだ。
作品名:Fray 作家名:オオサカタロウ