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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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天界での展開(4)

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 また 逃げ出すぞ


「私は、閻魔殿秘書室第一秘書の純真と申します。閻魔様の御命令で、俗名権田権蔵を連れて参りました。」
「俗名権田権蔵ですね・・、この死人、うちの所長が首を長くして待っておりましたが、やっと来ましたか。すぐに第一検証室へ行って下さい。所長直々に研究対象を診るそうです。」


「失礼いたします。閻魔殿秘書室第一秘書の純真、天界大学院主倍津阿教授と共に、権田権蔵を連れて参りました。」
「ご苦労さまです。主倍津阿教授、お久しぶりです。・・この死人が・・バカかも知れないという・・?」
「まあ、その辺りはこれから・・という事になるでしょうが、かなりの変異種であることに間違いはないかと・・」
「そうですか。では、権田権蔵、まず聴き取り調査をするので正直に応えなさい。」
「はいよ。何でも聞いて下さい。」
「まず、名前は、既に聞いているので、生年月日は?」
「生年月日は、俺の誕生日です。」
「それは、分っている。」
「分かっているのに、何故訊くんだい?」
「生年月日が誕生した日だというのは、誰でも知っています。」
「知っているのに、何故訊くんだ?」
「・・・では、質問のし方を変えましょう。生まれたのは、何年何月何日ですか?」
「1975年5月5日。」
「ということは、45歳で死人となったのですね。あなたが生きていた間に、高熱を出したのは、知恵熱の時一度だけだと記録に在りますが、他に咳をしたり、喉に痛みを感じたり、鼻水が出た記憶がありますか?」
「ない。」
「本当ですか? 忘れている という可能性は?」
「そんなの分かる訳がないだろ? 俺は、生きてた頃は、つい昨日の事でさえ忘れてたんだぞ。それにだな、生まれてこの方、怪我や病気などに自分で気付いた事は一度もない。女房や子供達が、『あんた、おでこから血が出てるよ。何処かにぶつけたのかい?』とか、『父ちゃん、お腹をずっと押えて、何時もよりもっと醜い顔になってるけど、もしかして悪いものでも食って胃が悲鳴を上げてるの?』などと言うから、『あっ、一体何処にぶつけたのかなぁ・・』とか、『う~ん・・やはり、朝顔の葉っぱは、食べると胃に悪いのか・・』などと応えて、一日の出来事を朝から順番に思い出してたんだ。俺は、働いて、食べてさえいれば良かったんだ。結果など後で付いて来るもんだろ? だから、そんな俺をバカだと言うのなら、多分そうだろうよ。」
「自身でバカだと申告されても、それは、検証にはなりません。主倍津阿教授、困りましたねぇ・・」
「一度、実験をしたら如何でしょうか。権蔵さんを、一昼夜、氷詰めにしてみるとか・・ そうすれば、風邪をひくかどうかの結果が見れると思いますが。」
「それは、良い考えですね。では、すぐに大量の氷を用意させましょう。」
「おいおい・・、何もそこまでしなくても・・・」
「いや、ここは、私が人類初めてのバカを発見するかどうかという重要な事に関わります。大丈夫。傍には、医学に詳しい主倍津阿教授がいらっしゃいますから、体調に変化を来たしても直ぐに治療にあたっていただけますから。権蔵とやら、大船に乗ったつもりで氷詰めになりなさい。」
「そんなこと言ったって、あのタイタニック号だって僅かな時間で沈没したと聞いてるぞ。」
「大船に乗ったつもりで・・とは、何も心配する必要などないという例えで船という言葉を出したまでです。本当に船に乗るのではありません。だから、つもりで と言った筈です。」
「だから、その つもり というのが可笑しな話だというんだ。考えてもみろよ。船は、普通は水に浮かんでいるだろ? だけど、俺の場合は、浮かぶどころか氷詰めで、最初から水の真っただ中じゃないか。例えが悪い。もっと俺が安心して氷詰めになれる様な例えは無いのかい?」
「そこの処か・・ どうもこの死人は、何処かこれまでに扱った死人達とはかなり違いますな。氷詰めが嫌なのかと思えば、そうでもない模様ですし・・。バカの可能性が非常に大きいと聞き、私としては、かなり期待していたのですが、多くの人間達が知っている事とは云え、いきなりタイタニック号の歴史的事実など持ち出すし、細かい処を突いて来るし・・その割には、私が想定しながら聞いている内容を覆す。つまり、氷詰めを逃れたいのではなく、適所の例えで説得すれば、氷の中に喜んで入りそうな雰囲気さえ感じさせます。繰り返しますが、この死人がバカかどうかは別として、一般的な死人とはかなり違っていると言えますね。」
「何をブツブツ言ってるんだ。言っただろ? 俺が安心して氷詰めになれる例えを言ってくれと。何が、雰囲気さえ感じさせますだ。」
「・・・」
「・・」
「はっはっは・・ お困りの模様ですね、所長さん。」
「ん・・? その声は・・千手観音様・・」
「はい。久しく会っておりませんでしたが、よく分かりましたね。」
「それは、もう・・忘れる筈など御座いません。千手観音様、どうかお姿を・・」
「そうですね・・・ 皆の者、お仕事ご苦労さま・・」
「ははっ、有り難きお言葉・・」
「・・」
「・・」
「あれ? あんた、安心寺の和尚じゃないか。あんたも、次郎吉みたいに行ったり来たりの生活をしてるのか?」
「はっはっは・・ 権蔵、ここは、私を見て驚く処ですよ。あなたの様に、平気な顔で人間界同様の口調で話しかけられると、此処が天界なのか人間界なのか忘れてしまいそうですよ。所長さん、この権蔵と生真面目に付き合っていたら、あなたの脳が完全に不調を来たしますよ。ですから、権蔵に代わり、私があなたの質問に応えましょう。彼とは、少なからぬ付き合いですからね。」
「ありがとうございます。それでは、手っ取り早く、この死人に付いて千手観音様からご説明頂きたいのですが・・」
「その前に、所長さん。まず、あなた、人類初のバカを発見して天界の歴史に名を残そうと過度に望まない様に。はやる心での検証は、往々にしてミスを招きかねない。」
「・・・申し訳ありません・・」
「分かってくれてありがとう。まあ、此処であなたがバカを発見などしなくとも、あなたが、天界の歴史に名を遺す事はまず間違いありません。」
「えっ? 左様で御座いますか・・」
「はい。ですから、安心して、落ち着いて検証に励みなさい。」
「はい! 仰せの通りに・・」
「では、まず、みんながバカでは?と思っているこの権蔵は、日本語の他に英語・中国語・タガログ語が話せます。」
「え~~~~~!! ・・それでは・・この死人は、バカではない・・」
「ところが、そうとばかり言い切れないのが、権蔵の権蔵たる所以なのです。何故なら、彼は、多国語を話している時でも、彼自身に、今英語を話しているとか、中国語を話しているなどの自覚がまったく無いのです。」
「それは、一体何故で御座いましょうか。」
「その何故かを究明するのが、あなた達学者の仕事です。どうか直接に彼と話してみてください。私は、少しだけ中座します。久しぶりに、あの閻魔の真面目くさった顔を拝みに行って参ります。」
「・・・」
「・・」
「・・・」
「死人よ、いや、権蔵。Why are you able to talk with someone by English?」
作品名:天界での展開(4) 作家名:荏田みつぎ