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トラック転生したら郵便ポストだった件

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「残念だけどサヨナラだよ、私も今度こそ引退することにしたんだ、子供たちはとっくに自立してるけど、女房と過ごせる時間も限られてるんだって気が付いてね……まあ、この街から出て行くわけじゃないから時々会いに来ようとは思ってるけどね」
(そうなんだ……)
 俺は寂しい気持ちを噛みしめた……だって郵便ポストになっちまった俺に話しかけてくれるのはおじさんを置いて他にいるはずもないからね。
「じゃあな、いつまでも達者でいてくれよ」
 おじさんは郵便袋を赤いバンに乗り込むと、俺に向かって手を振って走り去った……俺にも手があればちぎれるほど振ったんだろうけど……。

 おじさんが行ってしまって、しばらくはちょっと気が抜けたみたいになってたんだけど……。
 けたたましい急ブレーキの音にハッとなって目を上げた。
(危ない!)
 大通りに小学校低学年くらいの男の子が乗った自転車が飛び出してきていて、急ブレーキの音はトラックの悲鳴だった。
 止まり切れないと判断したんだろう、トラックの運ちゃんは大きくハンドルを切った、でかいトラックのごついフロントグリルはもう目の前。
(え? なんか俺、ヤバくね?)
 なんだか不思議なくらい周りの動きがスローモーションに見えた、運転手が目玉をひん剥いて口を大きく開けて何か叫んでいるのがはっきりわかったくらいで……その気になればナンバープレートでさえ読めたかも……でも、もう手遅れだった。
 ガシャン!
(マジかよ……)
 痛みとかは感じないけどヤバい状態なのは自分でわかる、何しろ見慣れた風景が横向きになっちまってるんだから。
(おい……大丈夫か?)
 俺は低くて小さい声を聴いたような気がした。
(誰?)
(私だよ……欅だ)
(なんだ、話せたんじゃないか……)
(長い事話してなかったから話し方を忘れちまってたんだ、驚いた拍子に今思い出した……君の声はずっと聞こえていたんだがね)
(そうだったんだ……俺、折れちまった?)
(残念だけど……根元からぽっきりとね……)
(やっぱり? 俺、もうダメかな……)
(トラックが先に君にぶつからなかったら、折れてたのは私の方かも知れない……)
(そっか……役に立てて良かったよ……子供と運転手は?)
(どっちも大丈夫だろう……子供は転んで泣いてるがね、運転手も首の後ろをさすってるけど大したことなさそうだ、子供を宥めながら自分で電話してる、多分警察にだろう)
(なら良かった……)
(おい……おい……おい……)
 欅の声がだんだん遠くなって行くように感じた……意識が遠のいているらしい……。

「タカシ! タカシ!」
 なんだか懐かしいような声が聞こえる……ああ、そうだ、これはおふくろの声だ……。
「気が付いたかね?」
 俺の顔を覗き込むおふくろの顔の隣に別の顔がにゅっと現れた、白衣を着て聴診器をぶら下げているからどうやら医者らしい、壁も天井も真っ白でそっけないし薬の匂いもする、どうやらここは病院で、俺はベッドに寝かされているらしい。
「良かったよぉ、大事にならないで……」
 おふくろはなんだか涙ぐんでいる、『ゲームばっかりやって、この子は本当にもう!』なんて小言を言う時の声とは全然違う、なんだか聞いていて安心するような声だ。
「俺、どうしたの?」
「君はね、トラックに撥ねられたんだよ」
 お袋じゃなくて医者が答えてくれた、こう言ったことは冷静な医者から聞いた方が良い。
「不幸中の幸いだね、命にかかわるような大きなケガはないよ」
「そうなんですか?」
「右足と右腕の打撲、トラックにぶつかったんだから当然そうなるな、それと左腕の亀裂骨折、痛むかい?」
「え? あ、ええ……」
「君は撥ね飛ばされたんだけど、うまいこと郵便ポストに左腕を突いて、それから道路に落ちたんだ、撥ねられた勢いのまま道路に叩きつけられてたら頭を打って大ごとになっていたかもしれないね」
「郵便ポスト? 旧式の丸い奴ですか?」
「そうだよ、憶えてるのかい?」
「ええ、何となく……」
「まあ、郵便ポストのおかげで命拾いしたのかもしれないね、感謝しなくちゃな」
「ええ、それはもう……」

 なるほど……跳ねられてからのことは全然覚えてないけど、トラックに撥ねられたのはリアル、俺は郵便ポストにぶつかって、それから道路に落ちて頭を打って気絶したらしい……郵便ポストに転生なんかしてなかった、だって死んでないんだから……敢えて言うなら転移かな?
 だけど……病院で気が付いた今でも郵便ポストだった時の記憶はある、鮮明に……。
「かあさん……」
「なんだい?」
「俺さ……わがままで自分勝手で怠惰だったよ」
「急に何を言い出すんだい?」
「とにかく……ごめん」
「なんだかわからないけど……まあ、そう思ってくれてるならいいことだわね」
 お袋が笑い、釣られて俺も笑った。
(そうか……俺が生きてるってことは、俺を撥ねたトラックの運ちゃんも交通刑務所なんかに行かなくて済むな……)
 そんなことも考えながら……。

 ケガが治ると、あの郵便ポストのところに行ってみた。
(なんだ、ちゃんとあるじゃないか……良かったよ、ぽっきり折れてなくて)
 そう思って近寄ってみると……根元近くに修繕した跡があった、接着剤がはみ出した痕跡がある、今はコンクリートより強度が出る接着剤があるから……その時に塗り直されたのか、赤いペンキはまだ新しいみたいだ。
(あのおじさんだな……きっと箱型に取り替えられないようにかけあってくれたんだ、きっと……)
 俺はなんだか懐かしいような気がして郵便ポストを撫でた……だってこのポストは俺だったことがあるんだから……いや、俺が郵便ポストだったのか? まあ、どっちでもいいや。
 立ち去りがたくてしばらく郵便ポストのそばに立っていると、小さい女の子がやって来て、思い切り背伸びしてハガキを投函した……最初のお客さんだった子だ。
「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんに?」
 思わずそう訊くと、女の子はちょっとびっくりしたように俺を見ていたが、思い切り笑顔になった。
「うん、夏休みにね、遊びに行く日が決まったからお手紙書いたの」
「そう……楽しみだね」
「うん!」
 スキップするように駆けて行った女の子を見送ると、俺は欅の大木を見上げた。
(欅さん、俺、人間に戻れたよ……その節はお世話になりました……それと、もちろん、俺だったポスト……今は意識を持ってるのかどうかわからないけど、いつまでもここに立ってて欲しいな……)
 俺が心の中でそう言うと、欅の葉が風でざわざわと音を立てた……。
 そして郵便ポストにも木漏れ日が当たり、白く塗られた投函口がきらりと光った……まるでウインクを返してくれたかのように……。