Tears in Heaven (掌編集~今月のイラスト~)
歌は学校の授業で歌う程度で、J-POPなどにも興味はなかったので自分から人前で歌うようなことはなかったのだが、クラシックギターをやっていたので音感は確かなものを持っていたのだ。
ただ、訥々と正確に歌うことは出来ても『パンチを利かせて』とか『情感を込めて』というような歌い方をしたことがなかったので、友達から取り立てて『上手いね』と言われるようなこともなかったのだが、『ティアーズ・イン・ヘブン』はむしろ訥々と歌った方が心に沁みる、歌詞の内容が幼い我が子を亡くした辛い心情を込めた物だけに、あまり情感を込めてはむしろくどくなる。
「実は……」
鈴音は弟を亡くし、それっきりギターに触れていなかったことを話した。
メンバーは、それぞれが胸の内で鈴音の心情を思い、黙って話を聞いていた。
「でもこの曲が流れて来た時、一筋の光みたいなものが見えたんです……『I must be strong and carry on,‘Cause I know I don’t belong here in heaven……』って所、本当にそうなんだって思えて……それでまたギターを手にする気になれて……」
「……どう? エレキギターを弾いてみる気はない?」
しばらくの沈黙を破ったのは慎司、努めて明るい調子で自分のストラトキャスターを差し出した。
「エレキですか? 弾いたことないんです、ピックも持ったことないし」
「いいからちょっとやってみてよ、ガットギターとはまるで別ものとも言えるけどさ、ギターはギターさ」
「でも……」
「いいから、試しにさ……開放弦で良いからジャーンとやってみてよ」
「え、ええ……」
ジャーン。
「あ……」
慎司の言った通り、クラシックギターとはまるで別もの、思い切ってかき鳴らした慎司のストラトキャスターはアンプを通して突き抜けるようなサウンドを響かせ、鈴音は自分の心が音と一緒に空へと広がっていくように思えた……和音がいる空に……。
「ホワイト・ルームへようこそ……メンバーになる気はない?」
慎司を始めとするメンバーの笑顔に、鈴音も笑顔で応えた。
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鈴音を迎え入れたホワイト・ルームは大きな変貌を遂げた。
慎司は自らサイドギターに回って、ベース、ドラムスと共にブルージー、かつタイトなビートを叩き出し、そのビートに支えられた鈴音のギターが天を駆けるように奔る。
『腕は確かだがクリームのコピーから脱し切れていない』、それまでのホワイト・ルームはそんな評価を受けていたが、鈴音が加わることで一皮も二皮も剝けた。
そして音楽理論にも通じた鈴音が曲作りに加わることによって、オリジナルナンバーの完成度も格段に上がり、エレキからアコースティック、ガットギターは言うに及ばず、フラメンコギターやポルトガルギターに至るまで、ギターと名のつく楽器ならなんでも弾きこなす鈴音の加入でレパートリーの幅も大幅に広がって行った。
もちろん学園祭では熱烈な支持を受け、その評判はやがてプロの耳にも届くことになった……。
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「すごいな鈴音は、初めてのフェスだってのに全然緊張してなさそうだな」
一年がかりで作り上げたファーストアルバムが大きなヒットとなり、ホワイト・ルームは一躍メジャーの人気バンドに駆け上がった、そして夏フェスに招待されて、今、何万人もの聴衆が彼らの登場を待っている。
「そんなことないよ、あんまり顔に出ないだけ、心臓はさっきからバクバク言ってる……それとこの衣裳なんだけど、おかしくない?」
「どうして?」
「人前に出るのにお腹出してるなんて……」
「鈴音は自分のプロポーションを知らないの? 清楚な中に一筋の色気、スタイリストさんのチョイスってさすがだと思うよ」
「それに髪型とかメイクとかもこれで良いの?」
「プロのヘアメイクさんとメイクアップアーティストさんがやってくれたんだから間違いはないよ」
「でも、ロックっぽくないよね」
「確かにね、でもさ、この清楚な感じのルックスからあのギターソロが飛び出して来るのがまた良いんだよ、意外性があってさ」
「そうぉ?」
「自信を持って!」
「うん、わかった」
「じゃぁ、みんな、行くぞ!」
慎司を先頭にメンバーが次々とステージに飛び出して行き、鈴音も後に続く……会場を埋めた聴衆が大歓声で迎えてくれる。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
バンドが強烈なビートを叩き出し、鈴音もピックアップのスイッチを入れ、最初のコードをかき鳴らした。
改めて上がった歓声とともに、ギターの音が夜空へと駆け上がって行く。
(和音、聴いてる? あたしはもう大丈夫だよ……そこで見守ってて、この空の上で)
仲間に支えられながら、鈴音は今、また確かな一歩を踏み出した……。
作品名:Tears in Heaven (掌編集~今月のイラスト~) 作家名:ST