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Tears in Heaven (掌編集~今月のイラスト~)

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「あの……」
「ん?……何か用?」
 大学に入学した年の秋、軽音部の部室の前を通りがかった鈴音は思わず足を止めた。

♪ I must be strong and carry on, ‘couse I know I don’t belong here in heaven……

 ガットギターの音色に乗せられたそのメロディと歌詞に、ずっと心の奥に押し込んでいたものを呼び覚まされたのだ。

「今の曲……」
「知らない? エリック・クラプトンの『ティアーズ・イン・ヘヴン』って言う曲なんだけど……」
「もし構わなければ楽譜のコピー取らせてもらえますか? 練習が終わるまでここで待ってますから」
「ああ、それなら一部余分にあるから持って行く?」
「いいんですか?」
「俺、黒髪の女の子に弱くってさ、今時全然染めてない娘は珍しいくらいだもんな」
 そう言って笑いながら楽譜を差し出してくれた。
「俺は加藤慎司、経済の3回生、君は?」
「河合鈴音、文学部の1年です……このまま練習を見学して行っても良いですか?」
「もちろん! ホワイト・ルームのライブにようこそ」
「この部屋、ホワイト・ルームって言うんですか?」
「違う違う、ホワイト・ルームはバンドの名前、クリームの代表曲から取ったんだ」
「クリーム?」
「まあ、知らなくても無理ないな、60年代終わりころに活躍したバンドの名前でさ、今のロックの礎を築いたバンドの一つと言っても過言じゃないな、俺たち、クリームのファンって共通点で集まったバンドなんだ」
「さっきの曲も……」
「いや、クリームの解散後ずっと経ってからギタリストだったエリック・クラプトンがソロで出した曲、彼が幼い息子さんを転落事故で亡くした時に作った曲なんだよ」
「……」
 鈴音は(道理で……)と思ったが、詳しいことは話さなかった。
 初対面の人たちに身の上を話しても仕方がないことだから……。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

 鈴音は小さい頃からクラシックギターを習っていた。
 両親は高校時代に同じギター部に所属していたのがなれそめだったので、物心ついた頃には家にクラシックギターの音色が流れていた。
 両親は時折デュオを楽しんだりもしていて、鈴音はそんな姿を(いいなぁ)と思い、小学校に上がる頃、両親の手ほどきで初めてのギターを手にした。
 そして中学生になる頃には両親の腕前を超えるようになり、専門の先生について練習を積んで中2の夏には学生の全国大会への出場も決めた。

 そして弟の和音。
 7歳年下の弟とはケンカをしたような記憶がない。
 もちろん、わがままを言ったり憎まれ口をたたくようなことがなかったわけではないが、和音が生まれた時鈴音は既に7歳、3歳になって自分の後を追うようになった頃には10歳、むきになって相手をするようなこともなく、和音もそんな姉を慕ってくれていた。
 鈴音から見て、和音は自分以上に才能に恵まれていると思う。
 鈴音は自分から望んでギターを始めたが、鈴音の急激な上達ぶりを見ていた両親は、和音が物心つくとすぐに子供用のギターを与え、和音はギターを玩具代わりにして育った、才能に加えて早期教育、小学校に上がる頃には和音の腕前は鈴音に迫るほどになっていた。

「お姉ちゃん、お先ぃ」
「気を付けて帰るのよ」
 和音とは同じ先生についてギターを習った。
 子供や初心者相手のギター教室と言ったレベルならばグループでのレッスンもあるのだろうが、どちらもコンクールを目指す腕前であれば、マンツーマン指導になる。
 和音のレッスンが終わる頃鈴音が入れ替わるように教室に入る、それがすっかり習慣になった頃のことだ。
 ギターケースを背中に括り付けて自転車に跨り、勢いよく漕ぎ出して行く和音の後ろ姿、それが最後になるなどとは、その時の鈴音は夢にも思っていなかった。
 レッスンを始めてしばらく経った頃、先生の携帯がバイブレーションで着信を知らせて来た。
 後でも良い用事ならば先生はそのまま携帯を取らずにレッスンを続けるのだが、その日、ディスプレイの番号を見た先生は電話に出た。
「え? まさかそんな……はい、ここにいますよ……ええ、わかりました、すぐに向かいます」
「先生……誰からだったんですか?」
「お母さんからだよ」
「何の用事かしら……」
「和音君が……交通事故に遭った……」
「え?」
「すぐに病院に向かおう、私が車を出すから」
「………………」
 心臓が喉につかえたようになって言葉も出なかった……。

 病院の集中治療室に入ると、既に和音の顔には白い布が被せられ、母がベッドにすがるようにして号泣していた。
(そんな……ついさっき元気に自転車をこぎ出して行ったのに……)
 ショックで立ちすくんだ状態を抜け出すと、鈴音の脚からは力が抜け、母の隣に突っ伏してしまった……それからしばらくの間の記憶はない、医師が何か言っているのはわかっていたが言葉は頭に入って来なかった……ようやく記憶が戻ったのは、駆け付けた父に肩を抱かれてからだった……。

 出場が決まっていたコンクールはキャンセル、そしてそれっきり鈴音はギターに触れることが出来なくなってしまった。
 ギターを抱えてポロンとつま弾くと、和音との思い出が頭に渦巻き、最後には顔に白い布を被せられた和音、そして火葬場の釜に入れられる和音の棺が蘇って来て、それ以上弾けなくなってしまうのだ。
 そしてそれ以来、家の中からはギターの音は消えてしまった、両親にとってもギターの音色はいたたまれない思いを呼び覚ますものでしかなかったのだ。
 ギターからすっかり離れた鈴音は普通科の高校に進み、大学も音楽関係ではなく文学部を選んだ。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「河合鈴音さん……だったよね?」
 キャンパスの昼休み、ベンチでコーヒーを飲んでいるとふいに声を掛けられた。
「あ……ホワイト・ルームの……」
「そう、加藤慎司、あの曲は演ってみた?」
「はい、ずいぶん久しぶりにギターを手にして……」
「ギター、弾けるんだ」
「前にクラシックギターを少し」
「へえ、『ティアーズ・イン・ヘブン』は『アンプラグド』の一曲だからガットギターで弾いてたけど、俺、基本的にはエレキなんだよ、でもさ、クラシックギターやってたんなら聞いてみたいな、君の『ティアーズ・イン・ヘブン』を」
 
「慎司、やっぱ付け焼刃と本物のクラシックギタリストは違うよ」
「それは認めざるを得ないな、悔しいとも思わないくらいだよ……」
 鈴音が軽音の部室で『ティアーズ・イン・ヘブン』を弾き語りすると、ホワイト・ルームのメンバーたちは唸らされた、コードをバラしてつま弾くだけの慎司のガットギターと、本格的にクラシックギターを学んでいた鈴音のそれでは天と地ほどの違いがある。
 ベースとドラムスのサポートなしでも、いや、それこそヴォーカル抜きでもちゃんとした一曲としての聴きごたえがあるほどに……しかし。
「ヴォーカルがまた良いよな」
「ああ、音程が滅茶苦茶しっかりしてるし、声も透き通ってて……」
「『鈴音』って名前がぴったりくるような声だよな」