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オオサカタロウ
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novelistID. 20912
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Shellshock

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 留美が死んだことを知ってからの動きは、本来動くべき方向とは完全に真逆だった。岩村が墨岡から引き離すように稲場の体を押したとき、佐藤が八女を歩かせながら現れ、稲場の目の前でその両膝をつかせた。一階へ降りてきた村岡と柏原が合流し、村岡が岩村に言った。
「龍野さんはどうしたんですか?」
「外で干上がっとるわ」
 岩村は苦笑いを浮かべて呟くと、稲場に言った。
「佐藤に、撃つなって言うたな。お前には、それを言うだけの素質がある」
     
    
 龍野は、自分と配管を繋ぐ手錠を見上げながら、全てが手遅れであることを承知で確信した。岩村は最初から、こうするつもりだったのだと。手錠を抜く方法は聞いたことがあるだけで、実際に関節を外す方法は分からない。日差しから逃れるように顔を背けていた龍野は、目の前に影が伸びたことに気づいて、顔を上げた。青山が幽霊に出くわしたように飛びのいて、言った。
「龍野さん」
「青山、これ外してくれよ」
「分かりました」
 青山はそう言うと、配管をコンクリートに繋いでいるボルトに触れた。錆びているスチール製のアンカーを揺すりながら、言った。
「切れそうですね。車に、道具ないですか? カッターとか」
「ある。頼むよ。浄水工場の東側に置いてきた」
 龍野は、空いている手で上着のポケットからチェイサーの鍵を抜き、差し出した。青山は受け取ると、眉をひょいと上げて言った。
「トヨタですか」
 龍野が相槌を打とうとしたとき、青山はルガーの銃口を向けて龍野の頭を撃ち抜いた。
     
    
 銃声が鳴っても、誰も瞬き一つしない。八女は、佐藤を見上げるように振り返ると、言った。
「今のは、青山さんですね」
 FNCを再び手に持った佐藤は目を合わせただけで何も言わず、再び銃声が鳴った方向へと目を向けた。岩村は呆れたように言った。
「どうしょうもないやっちゃな、あいつは。まあええわ。君が八女さんか? あと一人、残っとるやろ」
 八女はうなずいた。松戸だけが、倉庫の見張りを続けている。自分以外は全滅したと知らずに。その滑稽さに思わず笑い出したとき、村岡が眉をひそめた。岩村は愛想笑いの手間を省いて、単刀直入に続けた。
「連絡先を、教えてくれるか。結果はしょうもなかったが、君らのやり方には正直、感銘を受けた」
 八女は、松戸が民間軍事会社に属していたときのIDと、逃走用の身分証の名前を伝えた。そのあっさりとした変わり身の早さに、柏原が気分を害したように顔をしかめた。八女は構わず続けた。
「本名は、把握していません」
「了解。佐藤、一緒に働けそうか?」
 佐藤は前に回ると、八女の顔を見ながらうなずいた。岩村は稲場の方を向いた。
「お前は? いずれは、こういうややこしいことも決めてもらう」
 稲場は岩村の目を見返したとき、自分が何を望まれているかということを、完全に理解した。撃つなと言ったとき、佐藤は手を止めたのだ。それがどのような結果を招くとしても。稲場は一度深呼吸をすると、言った。
「佐藤」
 佐藤が振り向いた。稲場は、その目が鏡のように自分の指示を映すことに気づいた。指示を受けるまでは空っぽの器だからこそ、その目には光が一切宿っていないのだ。稲場は小さくうなずいて、言った。
「撃て」
 佐藤はFNCを構えると、八女の頭を撃った。
     
    
二〇二二年 四月 現在
   
「おれは、少なくとも龍野を殺した。でも、あいつが死ぬとこしか見てない」
 青山が言うと、女はスマートフォンを見たまま、うなずいた。墨岡について話したことは、女のスマートフォンにもすでに『入力』されているらしく、青山が話す間、女は時折内容を照合するように画面を眺めては、うなずいていた。
 これ以上、話すことはないし、聞き出したいこともなさそうだ。女の態度からそう確信した青山は、言った。
「おれからも、聞いていいか?」
 女と目が合い、その目の動きから答えを読み取った青山は、続けた。
「あんたは、誰に雇われた? おれを殺したい人間は、山ほどおるやろ。松戸か? おれは、あいつの仲間に殺されることになってた」
 女はスマートフォンの写真を手繰ると、画面を裏返した。古いが、松戸の顔写真。青山が目を見開くと、女は言った。
「松戸は二〇一二年に、死んでいます。私の初仕事でした」
 その言葉を証明するように、女はナイトホークT3を持った右手で、左腕の袖を捲った。肘の手前に走る刺し傷を見ながら、青山は呟いた。
「そうか。長生きはできんかったんやな。まあ、おれらはみんな同じか」
 女が愛想笑いを返し、袖を捲る手に握られたナイトホークT3の銃口が充分に逸れたとき、ルガーを抜いた青山は女の頭に向けて引き金を引いた。
 ジッポライターの蓋を閉じたような鋭い音が鳴り、女は瞬き一つせずに銃口を見返すと、スマートフォンをポケットに戻した。入れ違いに五発の38口径を掴み上げると、青山に向けて手を開いた。
「それも、依頼の内です」
 弾が抜かれたルガーを構えたまま固まった青山は、依頼主が誰かを完全に理解した。
「稲場か」
「私の雇い主です」
 そう言うと、女はナイトホークT3を再び構え、青山の頭に向けて引き金を引いた。
         
         
 組織が吸収や分裂を繰り返しながらも、最終的に自分の手に残ったのは、運もあった。ただいつも決め手になったのは、自分が一度死んだ人間だったということ。稲場は、スマートフォンに残された録音を聞きながら、呟いた。
「あっけないもんだな」
 いつの間にか方言は抜けて、平易な標準語になった。四十七歳になった今の出で立ちは、かつての弱々しい姿とは別人だが、中身は入れ替えられない。青山の動きはずっと追っていたし、いつでも殺すことができた。この年になるまで待っていたのは、青山ならどこかで大きなことを始めて、組織として対峙することになるかもしれないという期待があったからだ。しかし実際にはそんなことはなかった。蓋を開けてみれば、一方的に命日を決められるだけの存在だった。稲場はスマートフォンを机の反対側に返すと、机の引き出しを開けてピンク色の銀玉鉄砲を手に持った。同じように机の反対側に滑らせると、言った。
「姫浦、そいつでおれを撃て」
 姫浦はそれを手に取ると、まっすぐ稲場に向けて引き金を引いた。プラスチックの弾が額の真ん中に当たって跳ね返り、刺すような痛みに稲場は顔をしかめた。
「わざわざ、頭を狙うことはないだろ。まあいいや、お疲れ。ゆっくり休め」
「承知しました」
 姫浦はそう言うと、銀玉鉄砲を稲場に返して立ち上がった。稲場はその後ろ姿に呼びかけた。
「本物の銃でも、今みたいにおれを撃てるか? 今日じゃなくて、ずっと先の話だ。もしかしたら、明日かもしれないが」
 姫浦は振り返ると、この業界に身を置く人間特有の、空っぽの器のような目を向けた。
「はい。それを望まれるなら」
「お前は、話が早くていいよ」
作品名:Shellshock 作家名:オオサカタロウ