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星に願いを:長門 甲斐編

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豊前



「今晩は、上総」

其れこそ金茶色の眼を細めて
苦虫を噛み潰したような顔で嫌嫌、挨拶を口にする
相手に上総も安定の冷顔で受け流す

「今晩は、豊前(ぶぜん)」

然(そ)う迄して社交辞令を交わす二人に若干、鼻白(はなじろ)む自分同様
遠目に見遣る備前に固い動作で身体を寄せる

何故か備前も寄せる

「誰だ?」

「「兄」だ」

即答する相手に
和泉は「然(そ)うか」と、頷くも率直(ぶっちゃけ)、如何でも良い

豊前が「兄」だろうが
備前が「弟」だろうが見分けが付かない自分には無意味だ

抑(そもそも)、会話の切っ掛けが必要だっただけで問題は別にある

眼の前の此の「二人」が醸し出す雰囲気が如何にも厳しい

厳しい程に冷え込んでいる

「何だ、此の空気は?」

訊(たず)ねるも備前は眉を顰(ひそ)めるだけで何も言わない

「あん?、あん?、あん?」

だが、相手(和泉)は「餓鬼」だ

良くて無邪気
悪くて無神経

空気を読む事も機微を読む事も如何(いかん)せん無理な話しだ

執拗に煽り倒し返答を促す
和泉に到頭、備前は舌を鳴らして黙らせる

「!其れは上総が!」

多少、語気を荒げた瞬間
思いの外、夜風に駆ける自分の声量に口元を両手で覆う

然(そ)して声を殺して渋渋、白状する

「後にも先にも下げた事のない頭を下げたからだ」

「?あん?」

其れでも「意味が分からない」という表情を浮かべる
和泉の腕を引っ張り寄せて耳打ちした

「其れも御前の為に下げた、そんな事、」

と、御丁寧に説明した結果
「兄」の眼光を感じたのか、ゆっくりと唇を噤(つぐ)む

「如何した?、あん?」
「途中で止(や)めずに最後迄、言い切れ」

案の定、此方の事情を汲む気もなく
尚も詰め寄る和泉には腹立つが愈愈(いよいよ)、相手にしている余裕はない

確認せずとも緊緊(ひしひし)と感じる
「兄」が寄越す眼光から逃れるべく、其の場から遠ざかる

容赦なく追撃する和泉

「あん?、あん?」
「御前、何処に行くんだ?、ああん?」

仄かな街路灯の下(もと)
肩を窄(すぼ)める「弟」と連れ立って歩く和泉の背中を一瞥する

「曰(いわ)く付(つ)きの「悪魔」か」

等、独り言つ豊前を余所に
上総は内心、和泉の行動に「何処の破落戸(ごろつき)だよ」と、突っ込み笑う

だが実際、其の口元はぴくりとも動かない