やさしいあめ 9
先に母のお腹に入れた姉が羨ましい。姉は、そこで受け取れるものを、あらゆる才能を吸い取り尽くして、わたしにはまったく回ってこなかった。それこそが姉が持っていた才能なのかもしれない。先にお腹の中に入れたことが姉の才能。
けれど、わたしが先に入れていたらとか、順番の問題だなんて言うのは間違いだ。姉がわたしのあとにうまれていたとしても、結果は同じだったに違いないのだから。わたしは所詮、その程度の人間なのだから。
姉は昔から、友達が「できた!」とよろこんでいることに靄をかけるのが得意だった。姉の成功ですべてが霞んでしまう。けれど、皆、霞んでしまった自分の成果と姉のものを比べれば、ただただ姉をすごいと褒めてしまう。姉にはそんな魅力があった。みんなにすごいともてはやされても、姉は威張ることもせず、惜しみなく得たものを分け与えた。みんなから好かれて、羨望ではなく親しみのまなざしを向けられていた。
わたしは簡単に霞んでしまうような成果しか上げられなくて、成果がまったく上げられないならまだしも、姉が最優秀賞ならわたしは銀賞って具合に微妙に成果を上げるから、姉に劣等感を抱いて、勝手に苦しんで。たとえ姉がこの世にいなかったとしても、自分が姉のようになれたなんて、そんなわけもないのに、姉の存在を羨んで憎んでいた。
アパートに帰ったら、ちょうど亮太が玄関の前にいた。
「なんでいるの」
わたしは泣いた。
「どうしたんだよ、ずっと心配してたんだ。その包帯は? なあ、泣いてるだけじゃ分かんないよ」
亮太は狼狽えていた。はじめて亮太の前で涙を見せた瞬間のように。でも、亮太の前ではどんなに激しく泣いたって、構わない。それ以上の激しさをぶつけられて、傷つくこともないから。
「理沙、戻って来いよ」
三ヶ月ぶりの懐かしい声が、とめどなく流れる涙に答えをくれる気がした。
作品名:やさしいあめ 9 作家名: