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アラフォーは男狩り

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その日のあと、しばらくメールが途絶えたから、心配になって、メールしたが既読にならない、ますます不安になる。なせが、拒絶はしない。思案をめぐらすが、女の考えがわからないので、この三か月ほどの出来事を振り返る。記憶を呼び起こしてメモにする。謎めいた女だった。淫乱だとさえ思ったが、相当な人物だったかもしれないと感じ始めた。体の記憶が鮮明だった。他の誰より巧みで集中できた。あの日の出来事を懸命に思い起こし、トレースする、謎めいた言葉がたくさんあった。セックスがあって、その向こうに女の実在、セックスの他は、相手との関係性はないに等しい。

名言で評判だった若き経営者がコロナに罹患して入院していたところ、急死したとのニュースを読みながら、女の勤め先を連想した。この会社は利益の大半を海外で上げていたし、男女差がなくかつ給与水準が高くて有名だった。30才代後半で年収1000万だと話していた女と、つじつまがあう。後継の社長はメインバンクの年寄だった。女の境遇がすっかり変わったのだろう。そうでなければ、リッチな男性に見初められて愛人にでもなったのだろうか。あの夜、狂乱の夜、女の境遇を受け止めることができなかった、チャンスはあったのに手遅れになってしまった。メールの他、女との接点はほとんどない。思えば、メールは便利だった。家賃が15万もする高級マンションはオートロックで進入は簡単ではないし、再会の段取りに難渋した。
男性はなんでもできる、何にでもなれるという万能感を否定されずに育つが、女性はそうではないことに想像が及ばない。女と別れた後でたどり着いたフェミニズム、別れたあとで反芻した女の言葉。

「黒と白、いくつ言える」
「囲碁、ピアノ、アコーディオン」
「それから、文字と紙」
「ふーん、面白いこと、言うわね」
「白秋、玄冬」
「クロシロ、って言うでしょ」
「ええ、と」
男が言いよどむと
「シロシロ、もある」
女との奇妙な会話がふと思い出されて、男は女の不在を、孤独の理由を探すのであった。そのときなぜか、学生時代、友人たちを裏切った場面が蘇った。すっかり忘れていたはずの過去であった。その時、一挙に加熱した心理に水を浴びせる事態が訪れ、選択もなく男は戦列を離れた。
高い家賃は無駄ではないか、なぜマンションを買わないのかとの男の問いに、得たものを失う女のリスクに男は全く気が付いてない、のよね、と女は諭すように反論した。その会話の深い意味も探ろうとせず、あの夜、女の窮地を救うべきだったのに、思いが及ばなかったのだとしたら、生きる価値を自問自答すべきだろう。思うに、窮地ではない、そうではなくて、女は言葉を駆使して総合戦を挑んできたのだった。優越感を抱いてしまい、女の告白を受け止めることができなかったのだ。男は深い悔悟の思いに包まれる。
女は自立する。セックスは完璧にコントロールできている。言い換えると、男をコントロールしている。男はこのアラフォーの女に深い敗北感を味わされた。それは男の女物語の結末ともなった。

高瀬川を四条から遡行した。この道を何人の女と歩いたことだろう。桜の姿態を追いかけながら、ふいに消えたあの女との逢瀬がなまなましく再生されていく。
日和が続き、花にわかに満ちて、心せかるる
と繰り返しつぶやいて、この「せかるる」は満開を見逃さないように、ではなくて、老いの切迫感だとの説明を誰かに投げかけたくなるが、人はおおぜいいても、今はひとりごとだ。


作品名:アラフォーは男狩り 作家名:広小路博