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女教授の暗黒文学

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女教授の暗黒文学
コロナ禍で授業がリモートになり、学生たちとの関係が希薄化する一方、大学と家との間に存在すべき緩衝地帯が消滅した。もどかしい、やりきれない思いが生まれてくる。学生たちは卒業前の単位取得に懸命だ。提出期限を守らない学生に厳しく対応すると居直り、教師をなめた態度に出てくるのだ。メールの気安さだろうか、昔の授業風景がなつかしい。精神労働は肉体労働に変化する。すり切れてくる気持ちを救いあげる手法を考え抜く。それは好奇心だろう。好奇心を原動力に未体験の世界に挑戦しようと。


「ホテルアイリス」
非現実的な土地での非現実的な人物たちの物語。
映画館のビルにあるアイリッシュレストランでランチを食べながら映画評。
女教授は
「主人公のマリ、からだがきれい」
「性的な刺激はなかった?」
「男が裸のマリを鏡に写そうとするシーン」
「恥ずかしい、やね」
「そうなんか、きれいとかではなくて」
「手首の縛られた後を隠すところがあったやろ」
「そうやね、ありましたね」
「原作は初老の男と少女の関係を、SMを媒介にして描いている。SMが鍵」
「わかりません」
「SMはセックスには欠かせないでしょ」
「知ってるけど、わからん」
女教授は男の解説に刺激されていく。
男は語る。
「初老の男は死ぬ。少女は自立する」
「刑事にSM写真を見せられて、たじろぐことなく、もっとすごいことをしてたわ、と言ってのける」
「質の高いフェミニズム作品だ」
女教授は同意する。
「フェミニズム、やね」
「性の本質を見据えた一編の抒情詩、繊細で物静かで瞑想的なノクターン」
男は女教授の話に聞き入った。
「SM、はね、性の境界を超越するのよね」
「わかってきた」
「わかってきた」
「あの映画は、物語を失った初老の男と日常性の中で苦吟する少女との、複数の世界
が並行する、それに虚構が混在する。どれが本物でどれが想像の産物なのかわからなくなる」
「なるほど、さいごのシーンがそうやね」
「人生とは直線上をひた走るのではなく、偏在するいくつもの点を同時に生きること」
男は女教授を煽った。

「言葉と魂、小説と人生」
女教授は男にメールを送った。
「それが感想ですか、ちがうでしょ」
「ちがうかしら」
「官能を刺激するような言葉は思いつきませんか」
「私、経験不足で」
「メールなら、すごいこと、言えるでしょう」
「なにがご希望でしょうか」
「そういう言い方がつまらない」
学生からのメールに気楽なものを感じたが、この男のメールにも同じ思いが生まれてきた。それなら、自分ももっと気楽に言葉を投げかければいい、女教授は宗旨がえした。

夫が講師のまま、女は女性学で脚光をあび、指導教授のひいきを得て、教授へ昇進する。夫は偉くなった女に、勃起しなくなって、セックスレス夫婦への道に進んだが、女には家事労働(セックス)が軽減された。夫はよそで遊ぶようになった。しかし、女はそういうわけにはいかない。性欲は不断に刺激されていなければ、活動を停止してしまうものなのだろうか、女は女問自答した。
演劇でのセリフを記録したメモを読み返す。
「去れば思い出は美化される。戻れば思い出がよみがえる。」
三角関係の清算を図ろうとする愛人に妻が放った言葉だった。


すべてのものには輪郭がある。肌は輪郭として面を作り自己の存在を浮き上がらせ世界と区切っている。
着物をはだけた女の絵を見ながら、肌を撫でながら世界を撫でようとしている。輪郭、肌。


男は女教授と食事をしていつものように日本酒を飲みほしたが、ある時、思い切ってシティホテルへ誘った。
「情緒がない」
女教授はにべもないが、これは断りではなくて、注文をつけたのだと解釈した。嫌がっているわけではないらしい、情緒があればよいのかと、近郊の温泉宿など思いつくまま、あきらめずに根気よく誘い続けた。女が提示した条件を満たせばセックス、オーケーとの含意であろうと解釈した。
琵琶湖湖畔のひなびた町の1軒宿を選んだ。折からのコロナ騒動でその小さな旅館は二人の貸し切り状態であった。
一番奥の庭に面した部屋に通された。おだやかな湖面が陽光をはねかえしてキラキラと輝いている。宿自慢の野天風呂は部屋の真ん前だった。男が先に入って女を待った。やがて女はバスタオルをしっかりと巻き付けて、湯船に入ってきた。女は温泉に浸っている。透き通っていて肌に優しい温泉だ。
「美人湯やと、説明してる」
「うれしいわ」
男は女に体を寄せていく。自然石で組まれた湯船のへりに座って、女の体に寄り添った。男根は漲っている。天頂から初夏の陽ざしが差し込み、解放感はたっぷりだ。女の口元に男根を近づける。まるで予想もしていない行動かのように、とまどっている風である。女は無表情、こわばっているようにも思えた。それならと無理をしないで、男は興奮をしずめ、続きを部屋に繰り越した。しかし、部屋でも体を重ねてしまってえいるのに、全く盛り上がらなかった。
「もう何年もしてないから」
「セカンドバージン」
とか言い訳しながらも、
「みだら、みだら」
と女は繰り返すのだった。言葉だけが踊り、情熱は空回りしている。
女はあくまで冷静に、自分の思考と性器の様相を男に解説する、奇妙な光景であった。

ようやくにして、時代が女の思考に追いついた。小説の言葉を分析し、女性への抑圧と、くびきを超えた愛を描く、フェミニズムの物語を世に問うたのだ。
「フェミニズムって」
「女権拡張論者、ですよ」
女は言い切った。
「女が社会と関係がないなんてことはない」
「フェミニズムは主義や方向付けではない」
女の主張は明解だった。
「視線にまでならないと、意識と言うべきか」
女教授の即席講義に男は聞きほれた。


二人はウクライナを語る。生き延びた人たち、生き延びようとしている人たちの人生について、世界の現実について思いを巡らした。
「殺された息子を思い嘆く老女、壁に手を当てて、おまえがおっぱいを吸う感触を思い出すって」
「死者が何人ではなくて、それぞれの人生があった、と」
「ベトナム戦争を描いた映画で、同じようなセリフがあった、監督はゴダール」
「知らない」
「ロシア、プーチンの独裁体制の根は深い」
「説明して」
「プラウダは報道(イズベスチヤ)ではない、イズベスチヤは真実(プラウダ)ではない、ソ連にあった二大新聞についてのロシア人の苦い冗談は政治的告発だった」
「レーニンは評価するの」
「しない」
「あなた方の世代でしょ、社会主義は」
「テロリストのパラソルは読まれましたか」
「ちょっとまえの小説ですね」
「全共闘世代の挫折、革命の夢に敗れた者のそののち、敗者への憧れ、美意識、なにも成し遂げられないという焦燥感、コンプレックスが描写されている」
男はまるで機関銃のごとく言葉の弾丸を飛ばせた。
「ええ、テロリスト、か」
女教授は男をなじった。
「世代がちがうでしょう」
「なんとなくわかります、指導教授たちの世代ですから」
「なるほど、そうでしたか」
「あの世代、ですよね」
「あの世代は、裏切り、転向が出世と絡んできて、人間関係が大変、男女がからむし、ついていけない」
作品名:女教授の暗黒文学 作家名:広小路博