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魔法少女は枕営業から始めなければならない【第二話】

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千紗季はつかさから渡されたメモに書かれた場所にやってきた。
「この住所、どこかで見たことがあるわね。いったいどこだったかしら、って、この前の受験会場じゃない!」
一度来ている場所だとわかると、大胆に動いてしまう。誰しもそうであるが、千紗季の場合は特にそれが顕著に現れる。単純明快と言うべきか、自分に素直なのか。それを告白分野に応用できないのが、残念な性格でもある。
「つかさの情報では、このビルの地下にあるらしいけど、所在地を示す表示板とかが見当たらないわ。地下というのが間違いなければ、エレベーターに乗るしかないわね。」
千紗季は玄関左側のエレベーターホールに足を向けた。
10基のエレベーターから少し離れたところに、小さなエレベーターがあった。他のエレベーターの半分ぐらいしかない小さなもので、ドアが薄汚れている。
行き先指示ボタンの下に、一枚の紙が貼ってある。そこには、『地下アイドルを希望の方は地下50階へ。』と手書きで表示されている。
「地下50階って、最下層じゃないの。このビルでいちばん偉い人、事務次官って言うんだっけ、地上50階が最高位なら、地下で最も権力を振るえる者は地下50階にいるはずだわ。ひははは。」
卑しげな怪気炎を上げる千紗季。
エレベーターを降りると、天井の低い廊下が見える。廊下の左右には部屋があり、人がいる気配があるが、何となく中を覗いてはいけないという動物本能的なものが、千紗季の行動を抑制した。
千紗季は、ずっと歩いていき、いちばん奥の部屋まで来てしまった。
錆び付いた旧式な丸いドアノブ。ドアガラスもよく見ると割れてセロテープで止めてある。そこには張り紙がしてあった。やはり手書きである。そこには、『マジカル地 アイドル事務所』と書いてある。
「地下の下という文字がなくなってるわ。ずいぶん長い歴史を感じるわ。きっと、深い、不快伝統があるのよね?」
すでに漠然とした不安感が拭えなくなってきた千紗季。手に冷や汗が出てきたのを感じていた。
千紗季は、恐る恐るドアを開けた。『ギィィイ』という、耳障りな音を立てて、中に入ると、赤いジャージ姿の女子が数人いて、床の雑巾がけをしていた。
「今は、掃除中なのかしら。」
 グレーのスーツ姿の女子が千紗季のところにやってきた。ショートカット髪が似合っている。目つきは鋭く、『デキるオンナ』という雰囲気がある。
 彼女は腕組みしながら千紗季を上から下まで眺めて、フンと軽く鼻を鳴らした。
「あたしは、マネージャーの山田花子だよ。ようこそ、地底アイドル、略してソコドルの世界へ。」
「地底?地下じゃないの?」
「ここは地下の中でも最下層のアイドルの掃き溜めなんだよ。あんた、アイドルになりたいんだね。さあグズグズしてないで、ジャージに着替えて、そこにある履歴書兼誓約書にサインしな。」
「まだアイドルになるとか、言ってないわ。今日は見学に来ただけよ。」
「いきなりクーリングオフ要求とか百年早いぞ。ここは入場無料じゃない。帰ってもいいけど、10万円払いな。」
「いきなりワケのわからない要求だわ。」
「もう一度一階に戻ってみればいい。ちゃんと書いてある。」
「詐欺商法じゃないの!」
「ここはそういう世界だよ。これぐらいで逡巡するようなら、アイドルなんかやる資格ない。負け犬に遠吠えする権利なんかない。」
「それって完全に脅しだわ。ここって魔法少女省、お役所でしょ。上の階に行って訴えてやるわ。」
「地上に登る?昇殿が許されると思ってるのか?殿上人はソコドルとは住む世界が違うんだよ、そもそも物理的に地上と地底の差があるけど。地底から世界の中心に叫んでも声が届くことはないんだよ。」
「何それ?それならさっそく行ってみるわ。」
「おっと、一揆を起こすから、一般人じゃなく、ソコドルになってからでないと、訴える権利・根拠がないだろう。」
「それもそうね。名ばかりソコドルとして、とことん説明してくるわ。」
こうして、千紗季は履歴書兼誓約書にサインして、エレベーターに踵を返して、一階で降りた。

「あの豊島区マネージャー、ホントに腹立つわ。ここで、しっかり訴えて、完膚なきまでに叩きつぶしてやるわ。」
受験の時にはなかった受付があり、受付嬢もそこにいた。
ずんずんと歩く靴の摩擦プレッシャーで床をすり減らしながら、美人の受付嬢に向かう千紗季。
「いらっしゃいませ。ソコドルの真北千紗季さんですね。訴えの内容は聞いています。そちらの階段で二階に上がれたら、お話しを伺います。どうぞ、移動してください。ニコッ。」
受付嬢らしく、爽やかな印象に、ホッとした千紗季。
「わかったわ。受験の時は、ロープがかかったけど、今日はそれがないわね。冷静沈着に猪突猛進して、思いを遂げてやりんだから!」
静かな心でファイティングするという理想的な闘志の燃やし方で階段へ向かう千紗季。
「あれっ。どうしたのかしら。階段から上に行けないわ。」
千紗季は階段で体を押したり引いたりしているが、一向に前進しない。弾かれる千紗季。「おかしいわ。見えない壁でもあるのかしら。ドンドン!」
千紗季が一階と階段の境界線を叩くと音がした。千紗季はさらに叩くのを超えて殴り続けた。
『ドンドン、ドンドン。』
「止めてください!ドカ~ン!」
受付嬢が千紗季のところにやってきて、鬼の形相で、弾き飛ばす。
「ぐわあ~。アタシのどこが悪いのよ~!」
飛ばされながらクレームをつける器用な千紗季。
「わがまま言ってはいけませんよ。」
柔らかな言葉とは裏腹に、受付嬢は千紗季にパンチの連打を浴びせて、哀れな千紗季はブラックアウトした。

「う、う、う。ここはどこ?アタシは真北千紗季。頭はクラクラするけど、脳細胞は正常稼動してるわね。あれ?アタシ、何着てるの?」
気づいたら赤いジャージ姿になっていた千紗季。
「お目覚めか。当然のごとく、地底に戻ってきたな。これで、めでたくソコドル誕生日のお迎えだ。」
「勝手なこと、言ってるんじゃないわよ。地上への訴えがダメなら家に帰るわ。」
「誓約書にサインがあるから、契約成立だよ。」
「ええっ?そんなの、アタシの意思に反してるんだから、まったく無効よ。」
「帰りたいなら帰ってもいいぞ。その代わり、莫大な違約金を一生背負うことになるだけだ。生命保険金でも賄えきれない額だからな。これを見ろ。」
山田は誓約書のいちばん下の契約解除時の違約金欄をトシの割にはきれいな指で示した。千紗季の白い顔からさらに血の気が引いて純白になった。
「よし、ソコドルになる気構えができたところで、まずは掃除からだな。」
「家政婦になるなら、せめてメイド服を貸しなさいよ。ワハハハ。」
山田だけでなく、周りのジャージ女子は大失笑の渦となった。
「メイド服だと?ステージ衣装を掃除に使うなど、メイド服への冒涜だぞ。なんのためのジャージだと思ってるんだ。そのままで十分だ。」
「メイド服がステージ衣装なら仕方ないわ。」
意外にもあっさり受諾した千紗季であったが、掃除をちゃんとやったあと、トイレの壁にさんざんキズをつけていた。
当然ながら、壁の修復には、キズつけの百倍の時間と労力を費やした。