やさしいあめ4
そんなことも知らずに、部屋にこもってうだうだやっていたのかと思うと、ほとほと自分に愛想が尽きた。そんなものもともとなかったのかもしれないと思い、自分は何もないと気づいた。大切なものはおろか、失うものもない。
美鈴は強い劣等感ゆえにいろんな人と付き合い、その中でドラッグにも出会い、その劣等感も宥めてもらっていたのだろう。劣等感を向上心に変換する作業に疲れて、ドラッグに慰めてもらっていたのだ。向上心に変わらない劣等感など、不快なだけだから。それでも、諦めると言うことが美鈴にはできなかったということか。やはり美鈴は僕とは違う。自分にはできない生き方をした美鈴に、そうして今のはもういないというその事実にも憧れた。どうせそうなったのなら、一度くらい触れておけばよかったんじゃないか。そんなことも思う。一緒になって同じ運命をたどっていたってよかったのに。
玄関を出て公園を通りかかったとき、郵便局の制服を着た男に会った。挨拶をされたから返した。ずいぶんと低い声をした男だった。
「こんな年になるまで働けて、最後の日にこんな夕焼けを見られるなんて。最高のマジックアワーだよ。ありがとう、青年」
なぜお礼を言われたのか分からなかったが、よかったですね、と両手を前に出してハイタッチを促した。パンッ。子気味良い音を立てて手を合わせて、男が壊れた様子はどこにもなかった。
部屋を出てはじめて会った郵便局員の男は壊れなかった。壊れるものが見つかるまで、いろんなものに触れるのだ。
触れて壊れるもの、自分が本当に大切だと思っているものを探さなければ。もしくは、自分を壊してくれる存在を探そう。
美鈴に触れなかったことが心残りだ。触れて、壊れたのなら、自分の美鈴への思いも証明されたのに。触れなかったせいでなされないままだ。本当に心残りだ。
作品名:やさしいあめ4 作家名: