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やさしいあめ

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「それは、見かけたから、心配だなって思って、気になって。けど、俺は何もできないし、できないけど、気にかけてる奴もいるんだってことを言っておこうと思って」

「馬鹿じゃないの?」

「馬鹿で結構。でも、俺もお前のことを、そうどうこう言える立場にないんだ、たぶん。お前のしてることをやめろって言いたいけど、一概には言えないんだろうなって、そうも思う。だけど、俺はお前のこと見てるってことをさ」

「好きなの?」

「馬鹿だろ」

 亮太は笑った。西日が差し込む教室で、遠くで吹奏楽部のトロンボーンの音がしていた。

「このことを誰かに言おうってつもりもないから」

「じゃあ、わたしもあなたに口でしろって言われて無理矢理そうさせられたって言わないでおいてあげる」

「お前も大概だな」

 それからクラスの違う亮太と話すようになった。一緒に昼食を食べたりもしたし、授業をサボって階段で話すこともあった。付き合っているのかと聞かれれば、どちらも否定はしない。亮太がわたしの頭をぽんぽんと少女漫画のようにして、誰が見ていてもそうするから、バカップルなんて呼ばれて、亮太の友達には彼女認定されていた。

 亮太には両親や姉の話もした。

「お姉ちゃんはね、神様に選ばれたんだと思う。だから、お姉ちゃんには星の光や幻想的な夕焼けや美しい詩や藍色の地底湖の澄んだ水や神秘的なメロディが詰まってるの」

「なんだそれ」

「なんだろうね。でも、そうだとしたら諦めもつく。そんなにきれいなものばかりが詰まっているなら愛されても仕方ない。わたしより大事にされるのも当たり前だって」

 けれど、いつだって亮太はなにかに怯えているように見えた。怯えているからわたしに触れて、大丈夫であることを確認しているようだった。けれど、わたしに怯えているわけではなくて、それが分かるくらいには亮太のことを知った。

 高校三年生。思えば学校生活で一番幸せだった。両親相変わらず姉のことばかりを気にかけていて、けれど亮太はわたしのことばかりを気にかけてくれた。亮太と言う存在が、いつでもわたしのそばにいてくれた。

 そしてわたしはこの街を出たくて遠い大学を受験し、合格をした。大学に行きたいわけではなかったけれど、夢や目標もなかったし、それでいて社会人になるにはまだ早いような気がして、四年と言う猶予を自分に与えて、その間の学費を払ってもらえることは両親から愛されているということだなんて思って。その選択を亮太は「お前らしい」と言った。

 亮太は地元の企業に就職を決めて、一端に大人みたいな顔をしていた。けれど亮太がわたしより大人であるということは理解しているし、わたしもそれを「亮太らしい」と言った。

 わたしより大人な亮太に、聞いた。

「愛ってなに? 家族ってなに? 生きるってなに? 死ぬってなに? お金ってなに? 命ってなに? くだらないってなに? 楽しいってなに? 正しいってなに? 間違いってなに?」

「なんだよ、いきなり」

「分からないの。亮太なら分かるかと思って」

「お前はお前なんじゃねえの?」

「だから、わたしってなに?」

「そう思ってるお前みたいなやつってことじゃねえの?」

「なにそれ」

「すまん。よく分からん」

 亮太にも分からないのかと。じゃあわたしに何か分かるはずもない。納得しようとした。納得はできなかった。けれど、他に聞ける人もいなかった。

 短く幸せな学校生活は、すーっと過ぎて、卒業の日を迎えた。わたしは最後に亮太に触れて欲しくて、桜の木の下で押し付けるようにキスをした。亮太も返してくれて、抱きしめてくれて、けどそれだけだった。お腹の奥で疼いた熱を持て余した。

 学校生活が終わることより、亮太と過ごす時間が無くなることが悲しくて泣いた。

「第二ボタン頂戴」

「ご自由に」

 そのボタンをわたしは大事にハンカチに包んだ。

「理沙」

 亮太はわたしの頭をポンポンとして、わたしは更に泣いた。亮太の手がやさしくて、この手がやさしい雨だろうか、そう思った。けれど、やさしい雨なんて、わたしの空想の中にしか存在しない。それが分かっていた。
作品名:やさしいあめ 作家名: