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酔生夢死の趣意

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3.紹介



 昼休み中、酒井は背後からの声にに呼び止められた。

「おーい、酒井ー」

虫酸が走る。その理由は明白だ。声の主が相田だったからだ。

 相田は、うちの会社の中でも飛び抜けて要領がいい男だ。そのおかげで、上司の覚えもめでたい。しかし、その内面はただの大酒飲みの女好きだ。いろいろな女に粉をかけ、付き合いこそするものの、交際自体は3カ月持ったことがない。しかも面倒なのは、こいつ、人の彼女を寝取るのが大好きなのだ。
 実は先日、酒井は交際している仁美に別れを告げられた。理由を問いただすと、相田のほうが魅力的だからとのたまう。仕方がない、泣く泣く別れてみれば、こいつ、1カ月もたたないうちに仁美じゃない女を連れている。まんまとしてやられたというわけだ

 正直、もう関係を絶ちたいのだが、会社の同僚という立場ではそうもいかない。しかも同期の出世頭、今後、上司になる可能性すらあるのだ。酒井は顔をしかめながら、その声に振り向くしかなかった。

「……なんだよ」
「おまえさ、呼んだぐらいでそんな怖い顔すんなよ」
「人の女、奪ったやつにいい顔なんかできないよ」
「人聞きの悪いことをいうなよ。おまえの魅力がなかったから、仁美ちゃんは俺のほうになびいただけだろ」
「…………」
「その話は、まあいいや。あのさ、これから昼飯に付き合えよ。おごるからさ」
「やだ」
「そんなことを言わないの。おごるっていってんじゃん。大切な話があるんだよっ」
「絶対ろくなことにならないから、やだ」
「いいからいいから、ほれ、いくぞ」

組みたくもない肩をがっと組まれ、連行されるように相田に引きずられる。どう考えても嫌な予感しかしない状況に、酒井はつい仏頂面になってしまっていた。


「ふぅ」
「ごちそうさま」

テーブルの上にはすべての皿が空になった盆が二つ。いくら嫌な予感はしても若い盛り、その上におごり。酒井は好物のエビカツ定食を平らげ、満足げに食後のお茶を喫していた。

「で、話なんだけどさ」

良かった機嫌が一気に悪くなる。だが、一飯の恩だ。いくら嫌いなやつでも、小さな義理でも、欠かすのはよくない。酒井はため息をつきながら、相田の次の言葉を待つ。

「女、紹介してくんない?」
「おまえさあ」

思わず拳を握りしめる酒井。しかし、相田は全く悪びれる様子もなく続ける。

「いや、仁美ちゃんのことは悪かったよ。まあ、魅力のないおまえも悪いと思うけど」

もういい、絶対殴る。酒井がそう思った次の瞬間、相田は意外なことを口にした。

「でも、おまえさ。こないだ、すげえいい女と一緒にデートしてたじゃん」

思わず酒井の拳が止まる。いい女って誰だ。傷心中の酒井には心当たりがない。はてなマークを頭上に浮かべる酒井を見て、相田はずるそうな笑みを浮かべる。

「とぼけてやり過ごそうとしても無駄だよ。俺、ちゃんと見たもん。こないだ駅前に一緒にいたろ」
「ああ……、駅前」

駅前というワードで酒井はようやくピンと来た。そうか、こいつ、あのときのことを……。

「ようやく思い出したか。じゃあ、今日、明日にでも紹介してくれよな。まあ、今週中には俺のものになってると思うけど」

相田はニヤニヤしながら財布を取り出し席を立つ。その顔は、間違いなく勝利を確信している。酒井は参ったなあという表情をしながら、おごってくれることに対して丁寧に頭を下げる。

 頭を下げることで相田に見えない位置になった酒井の顔、こちらもほころんでいた。


 翌日、酒井は約束通り、駅前で会った女性━━上長(かみなが) 万里乃(まりの)を相田に紹介した。相田と万里乃は瞬く間に意気投合し、その日のうちに男女の仲になった。完全に相田の思惑通りになり、再び酒井は恋に破れた……かに思われた。

 しかし、ここから急に異変が起こる。

 相田がみるみるうちに痩せてきた。もう骨と皮ばかりだ。しかも生傷が絶えない。口調もどこか怪しい。さらにはノイローゼのようにも見える。


 実は、酒井はボランティアで休日に施設で働いていた。その施設はアルコール依存症の治療施設。実は、万里乃はその施設の利用者だった。
 彼女はひどいアルコール依存でメンヘラの上、酒に酔うと近くにいる人を拷問したくなる拷問上戸という特異な性格だった。くぎ付きのムチを振るったり、電気や針を用いたり……。

 万里乃は最初、酒井に気があったのだが、酒井は傷心中だったし、無論、彼女の酒癖も施設で働く者として知っていたので、一度はデートに応じたものの丁重にお断りした。初めから付き合う気がなかったことと、既に断ってしまったことで、酒井の記憶からすっかり万里乃の存在は抜け落ちていたのだ。

 そんな万里乃を、相田はぜひ紹介してくれと言い出した。相田の大酒飲みを知っている酒井は、彼が万里乃に手を出せば、ちょうどいいお仕置きになると思い、いやいや紹介するふりをしつつ影でほくそ笑んだのである。その結果、二人は無事に付き合うことになり、酒井の目論見通り、相田は万里乃から逃げられず、彼女の拷問上戸の餌食になった。

 近々、相田と万里乃は結婚をするそうだ。ただでさえ万里乃からは逃げられない上に、これからは結婚という足かせもつく。相田もこれなら他人の彼女を容易に寝取ることはできまい。酒井はほっと胸をなでおろしながら、でも、万里乃の断酒を再び再開させなければなあと思った。


作品名:酔生夢死の趣意 作家名:六色塔