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エクスカーション 第4章 (磁気変動の始まり)

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帰宅した玲子は夕食を両親と食べた後自室に入るとすでに日の暮れた窓の外を眺めた。街の明かりの向こうには比叡山の山体がその輪郭を黒く抜き取っていた。山頂から少し南に明かりが灯り、京都に抜ける山越えの道の場所を示していた。玲子は静かな夜景を眺めながら何を考えるでもなく意識を漂わせた。窓の外の手すりには昼間にはよく来ていた鳩は1匹もいなかった。夕食のときに父親が多くのレース鳩が帰還しないという記事を母親や玲子に話していた。父親は子供のころ伝書鳩を飼っていたことや帰還しないレース鳩は土鳩として各地に生息していることを教えた。玲子が窓で目にする鳩の足には輪っかがついているものもあった。それらも元はレース鳩だったということになる。玲子はテレビでも見ようと夜景から目を離しカーテンに手をやった時、琵琶湖あたりの上空が緑に揺れているのに気がついた。玲子はカーテンを閉める手を止め、夜空に怪しく浮き上がった緑光のカーテンに見入った。



  3

 加藤夫妻は近江八幡市の湖岸にいた。妻の還暦祝いで湖岸の宿に宿泊していたのであった。
祝いの会は、県内外から集まった子供夫婦に孫たちの多人数のにぎやかなものだった。一昨年は、加藤自身の還暦に同じ場所で祝いを受けた。その時に着せられた赤いチャンチャンコと帽子を、その日は妻の俊子が着て場をより一層和やかにさせた。いつもの酒量を超えて飲んだ加藤は酔いも程よく回り、また普段飲まない俊子も祝い酒に顔を赤くした。
宿のレストランで祝いの夕げを終えた後、2人は宿から続く湖の浜に涼みに出かけた。浜に近づくにつれ虫の鳴き声は打ち寄せる波音に消されていった。2人の視線の先には沖島の民家の灯が暗闇のなか湖面を照らしていた。2人は波打ち際で足を止めると俊子が加藤の袖を引っ張り話しかけた。
「おとうさん、あれはオーロラかしら?」
「オーロラ? 酔ったか? 琵琶湖に何でオーロラが・・・」
加藤は俊子が示す北の上空を見上げると、その次の言葉が出てこなかった。色覚の戻った加藤の目には揺らぐ緑の光の帯が明らかであった。 加藤の耳にはそれまで聞こえていた打ち寄せる波の音は消え、静寂の世界の中ではっきりとはしないものの不穏な感情が身体の中心部よりじわりと広がっていくのを感じるのであった。
 9月28日午後8時。それは加藤たちが樽前山に登った日から2巡目の新月の夜だった。
                                                                                   2020年7月


※蛇足ながら
 当小説は虚実混交であることは言うまでもない。主軸のストーリーは虚としながらも、随所に挿入した自然科学情報や知覚に関する知見等は実であること。加えて、火山レベル1の樽前山には学校等の集団登山は認められていないことを書き添えておく。