端数報告6
この顔にピンときたら731
画像:アクリルの棺第一ページ
松本零士『アクリルの棺』(ザ・コクピット シリーズ)
「私はコレで会社をクビになりました」
と言えばおれが中学つまりグリ森事件のちょい前くらいにテレビでやってた〈禁煙パイポ〉のCMである。これを言ってた役者の顔が確か吊り目で、のちにニュースで〈F〉の似顔絵を見たとき、おれは、
「あいつに似ている」
と考えた思い出がある。人の記憶は曖昧だから並べてみてどうなのかわかったもんじゃないところだが。
だが平沢貞通の顔は、『にっぽん!歴史鑑定』の番組も、
画像:平沢の顔と犯人の似顔絵
こう見せているように犯人の似顔絵とよく似ている。もちろん『似てる』と言うだけだが、この番組は平沢が事件直後から建築中の家と家族を東京に置いてずっと7ヵ月も北海道にいてそのあいだ無収入だったとか、過去に引っ越しを繰り返すたび隣の家が火事になり、その都度「塀が焼けた」と言って火災保険のカネを受け取っていたとかいったほんとに黒々とした疑惑に触れることはない。
それにより一度は人が焼け死んでいる、なんてことには一切触れない。詐欺の話も、
画像:四件の詐欺
こんな画を見せるけれども見せるだけで詳しくは述べない。そりゃ述べるわけにいかんよな――てわけでまた帝銀だけど、前回おれは、
「普通の人はアストンマーチンなんて名前にすぐコロッと騙されちゃうのか。やれやれ」
だとか書いたけど、かく言うおれも思い出してみるならば、22、3歳の頃に事件について10ページばかり書いてる本を読んだとき、
【最初の大学の鑑定では『毒は青酸カリ』と出ました。しかし、別の大学で再鑑定したところ『青酸パリダカラリー』と出ているのです。この毒は七三一部隊が開発したもので、その大学にはこの試料があったために「同じものだ」と比べて言うことができたのですが、最初に鑑定した人物はこの毒を知らず……】
なんて書き方がされてたために、つい疑わず信じてしまって、
「ふうん、だったら間違いなく七三一部隊のやつがやったんだろうな」
などと思っていたのだった。そしてセーチョーの『黒い霧』を読むまでそれに縛られていた。
つまり人のことは言えない。『にっぽん!歴史鑑定』もふたりの嘘つきの言うことは全部が全部これと似たようなもんだから、田辺誠一が騙されるのも無理のないことなのではある。
もっともおれは、だからと言って【GHQの陰謀だ】とかいうのには、
「それはないだろ」
とだけ考えて、一度たりとも頷いたことはないんだが。
これはカネを必要とするひとりの男による強盗殺人。犯人は映画『第三の男』の〈第三の男〉みたいなやつ……だろうな、というのが考えだった。おれはその映画を1989年、早稲田の名画座で20歳で見ていた。〈戦後〉というのはそういう時代で、だからこいつはあの映画と同じなんだと。
そう思っていた。で、今回は前回の補足だ。オーケンの本を読む前からおれは、
「【効くのに1分かかるから暗殺用の毒】ってのはなあ。1時間後に効くようなほんとに遅効性の毒はいくらでもあるんじゃないのか?」
というような考えもまた、事件についてのお決まりの話を読むたび持ってたと思う。また映画の話になるけど、デニス・クエイドとメグ・ライアンが共演した『D・O・A』って映画が同じはたちの時にあってそいつが、飲んで2日後に死ぬ遅効性の毒を盛られた男が〈自分を殺した犯人〉を追う、というものだったのだ。おれはその映画を見ていてまだ記憶が新しく、〈遅効性の毒〉といって思い出すのがまずそれだった。
画像:映画DOAの説明
これね。わかるでしょ。ほんとにそんな毒があるのか知らんが、48時間と言わなくても1時間ぐらいかかるようでなければ暗殺用として使えないんじゃないか……そう考えてその後もずっと、遅効性の話を読むたびこの映画のデニス・クエイドの顔が頭をよぎっていた。
画像:デニス・クエイドの顔
そして未だに、〈F〉の話を読んだり聞いたりするたびに、
「私はコレで会社をクビになりました」
の役者の顔もよぎっている。おれの記憶じゃあの人〈F〉に似ていたように思うんだけど、並べてみてどうなんだろ……そう思わずにいられずにいる。たぶんおれが思うほど似てもいないと思うんだけどね。
『ライトスタッフ』『インナースペース』『フライト・オブ・フェニックス』……デニス・クエイドは飛行機のパイロット役が似合う役者でおれは好きだが、田辺誠一は、
アフェリエイト:ハッピーフライト
てんで似合わない。こいつが操縦する飛行機にはあまり乗りたくない感じだ。こっちの、
アフェリエイト:キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン
映画の詐欺師みたいな感じでもある。と、さて〈1分〉の話だが、前回おれは、
「青酸カリもほんのちょっとの量だったら、飲んで効くのに1分かかることもあって当然だったりせんのか」
ということをちょっと書いた。けれどもあれがほんのちょっとの量だったと思うので、補足しようというわけなのだが、帝銀事件で銀行員らが飲まされたのは、何度も説明してると思うがひとりにつき茶さじ3分の1ばかりの液だったという。わずかそれだけを湯呑みに垂らされ、口に垂らして飲むように言われた。
で、青酸は胃に届いて初めて効果を表すという。胃液の酸と反応しないとダメなのだ。量がそんなちょっとだったら、食道を通って胃に届くのに1分かかって当然てこともなくないの?
と思うわけだ。知らないけどさ。そしてまた、未遂に終わった3ヵ月前の安田銀行荏原支店の件ではさらに少なくて、湯呑みに垂らして分けられたのはほんの数滴だったという。平沢はそれが致死量と聞いて分けたが、それじゃあまりに少な過ぎて胃に届きもしなかった。だから全員ちょっと気分が悪くなっただけだった。
てことは考えられんのか、と。もちろん素人考えだけどおれは疑問に感じるのである。荏原と帝銀椎名町では液が違って本番のは「色も味も醤油を薄めたようだった」と助かった人間は言ったそうだが、これはおそらく本当に毒を醤油で割ってるのだろう。そうすることで1分かかって胃に届くものになり、それで今度は成功した。
てことは考えられんのか、と。もちろん素人考えだけどおれは疑問に感じるのである。再三書いてきたように専門家の一体誰が、1滴・2滴・3滴と少しずつ少しずつ量を増やして何百という人間に毒を飲ませてそのうえで、
「青酸カリでは断じて1分かかりません。専門家のボクが言うのだから確かです」
と言ってるのか。言っとくけれどおれは前回も書いたように、こんなことを書いてはいてももし誰かが青酸カリを持ってきて、
「ちょっとだけ指につけてなめてみろ」
と言ったとしてもお断りする。これを言行不一致と思わん。専門家のはずの人間達の方が揃って専門家にあるまじきことを言ってると思う。
他の者がみんな言うことだから。この話をGHQの陰謀だとしたいから。だからやっぱり、
「ボクなら青酸パリを使うね。だから毒は青酸パリだ」
「いーやボクなら青酸ラリ」
みたいなことを言ったりし、
画像:戦後ニッポン犯罪史帝銀事件029-030ページ