ピアノマン
ピアノマンのストーリー
1
ある朝、大井町の駅のはずれにあるとあるぼろアパートにて。
アパートの住人である男は机にうつぶせになって寝ていた。アパートの窓から太陽の光が差し込んできた。男は徐々に目が覚めてきた。
「うーん・・・」
男は目覚めた。あたりを見回すともう朝になっていた。男は少しずつ目が覚めて頭がさえてきたのであたりを見回した。アパートの広さはそこそこだったが、木造づくりでいまどき珍しい古い構造のアパートだった。いわゆる安い賃貸のボロアパートだ。玄関を入るとすぐ目の前にトイレがあって左横には小さなキッチンとリビングがあった。といってもリビングには机が一つ置いてあるだけだが・・・
キッチンと居間の横には寝室があり、ベッドと机があった。机の上には作曲用のMIDIキーボードと呼ばれるものとデスクトップPCが置いてあった。机の横にはもう一台YAMAHAのシンセサイザーが置いてあった。
「あ・・・」
男は何かに気が付いたようにとっさに机の上の目覚まし時計をみた。
「やべ・・・」
男は立ち上がって大急ぎで着替えて家をいちもくさんに出て行った。
電車の中で男は小声で叫んだ。
「やべーまた遅刻だ・・・」
男の名前は松田優。20代後半で売れない作曲家をしている。といっても収入はほとんどないので普段はガソリンスタンドでアルバイトをして生計を立てていた。
松田優は電車を降りて改札を抜けると大急ぎで走ってバイト先へ向かった。
ガソリンスタンドのバイト先の着替え室に慌てて入っていった。松田優がバイトの作業服に着替えていると店長が入ってきた。
「おい、お前また遅刻だぞ!これで何回目だと思ってんだ!」
優は慌てて謝った。
「すみません、本当目覚ましが・・・」
「言い訳はいいんだよ。」
「すみません・・・」
松田優が申し訳なさそうに慌てて着替えてると
「お前もっとしゃきっとしろよ。何だまた徹夜して作業か何かしてたのか?音楽関係の仕事してるんだか何だかしらねーけど、仕事じゃそんなの通用しねーんだよ。」
「わかりました、すみません」
「はー」
店長はため息をついた。
「いいから着替えたらさっさといけ。次やったら今まで遅刻した分減給するぞまじで」
「はい」
「オーライ、オーライ」
松田優は洗車の終わったお客の車を自動車道まで誘導していた。車が道路の中に入っていくと
「ありがとうございました」とお客にお礼を言った。
ガソリンを注入するサービスエリアの方へ向かっていくと同僚が話しかけてきた。
「何だまたお前遅刻したんだって?よくやるなー」
笑いながらそう言った。
「まあ・・・な」
「作曲家目指すってそんな大変なん?徹夜で作業するとかさ・・・」
「いや、たまたま曲が思いついたらその場で録音する習慣があってそれがたまたま深夜とかだとそうなっちゃうんだ・・・」
「そんなのさボイスレコーダーで鼻歌でも録音して次の日にやればよくね?アホだな・・・俺だって俳優やってるけど夜の舞台公演とかあったり、その後打ち上げでたくさん飲んだりするけど、今まで遅刻なんかしたことねーぞ」
相変わらず嫌味な同僚だ・・・売れない俳優をしているらしいが、嫌味をいってくるか合コンしないかとかそんな話しかしてこない。
すると、ものすごい高級そうなロールスロイスっぽい外車がガソリンスタンドに入ってきた。
「いらっしゃいませ」
松田優はお客さんの車の窓を拭いていた。車の中ちらっとのぞくと後部座席に20代前半らしき女性が座っていた。また運転しているのは40代くらいの男性だった。
「ありがとうございました。」
車は去っていった。
同僚が話しかけてきた。
「あれ、今のもしかしたら藤谷美樹じゃね?」
「さあ」
「え、お前顔みたことねーの?超そっくりだったじゃん・・・高級ブランドの服ばっかり着てて一般人っぽくなかったし、おまけに車は超高級車だったし。」
そんなこと言われてもほとんどテレビを見ない優には関心のないことだった。
「ってこんな郊外のガソリンスタンドに有名人が来るわけねーか・・・」
「ねえ勝田、ちゃんとスタジオ入り間に合う?」
ガソリンスタンドを去って行った車の中で女性は勝田と呼ばれる男に話しかけた。
勝田は、
「うん、ぎりぎりだけど美樹ちゃん間に合うよ。」そう返事した。
「ちょっとまた遅刻とかしたら印象悪くするからね、あそこのプロデューサーそういうの嫌いな人なんだから」
「大丈夫だよ、美樹ちゃんの今の人気ならさすがにあの人も何も言えないよ」「ちょっと・・・」
美樹と呼ばれる女はため息をついた。
大手テレビ局のスタジオの中
今日は生放送の音楽番組の収録が行われていた。
美樹と呼ばれる女性の歌う番になった。
「それでは藤谷美樹さんで恋のプリズムです、お願いします!」
司会者がそういうと美樹は可愛い声で歌を歌い始めた。
彼女は藤谷美樹といって国内では知らない人はいないくらい超有名な国民的アイドルであった。歌っている曲は今度放送予定の「そよ風の恋」というドラマの主題歌になってる「恋のプリズム」というタイトルのものでドラマの放送前にプロデューサーからの要望で急きょ出演することになった。
彼女が歌っていると、スタジオの裏の方で彼女をにらんでる一人の女性がいた・・・
「あれで歌手もやってるって言うんだから笑っちゃうよね・・・親の七光りかなんだか知らないけど、顔とコネだけで主題歌歌われちゃ困っちゃうはよ。真面目に演技している私たちにまで迷惑。」
彼女の名前は野々宮妙子といった。美樹と同年代の女優であった。
藤谷美樹は番組の収録が終わって、スタジオの控室にいた。
着替え終わって煙草を一服していると、勝田マネージャーがノックして入ってきた。
「美樹ちゃんお疲れ様!歌よかったよーあれならばっちしだ。プロデューサーもあれなら数字取れるってよ!」
話しかけてきたのはアイドル藤谷美樹のマネージャーで勝田といった。
いつもの視聴率の話に藤谷美樹はうんざりして「あっそ」と興味なさそうに答えた。
「ちょっとーうまくいったんだから喜びなよ」
「そうね、カメラの前で歌いながら笑顔とかカンペが出なければね」
「しょーがないじゃない、美樹ちゃんアイドルなんだから。スマイルは仕事仕事!あははは」勝田は相変わらず大きな声で笑う。
「仕事ね・・・」
アイドルとして売れて何年か経って今はブレイク真っ最中だった。美樹にとっては幸せの絶頂なのかもしれなかったが、アイドルの仕事は少女のころに自分が想像していた仕事とはだいぶ違うものだった。すべてが数字、人気とり、営業、媚を売る、特に男性には好かれるようにカワイ子ぶりっ子を求められる。
「でも、なんだかね・・・無理やり笑って何の意味あんの?」
「あのね、美樹ちゃん。どんな仕事も演技だよ。営業なんだから。売れたくたって売れないアイドルたくさんいるんだから。何わがままいってんの、ははははは。」
また勝田はしゃべりながら豪快に笑った。