火曜日の幻想譚 Ⅳ
469.将軍
昔、とある国に1人の将軍がいた。
その将軍は常に連戦連勝、兵士からの信頼も非常に厚かった。しかも、彼は誰よりも礼儀正しく、誰よりも雄弁で、誰よりもしっかりとしたいでたちでいるのが常だった。
将軍は先の戦が終わったあと、これから軍隊に入る者のため、教壇に立つことを請われたり、戦争の際の逸話を、講演で話したりしてほしいとよく頼まれた。優秀で礼儀正しく、弁が立つ将軍だ、兵法や軍事組織のあり方、生々しい戦の記憶など、有益な情報を後世に残してほしい、そういう声が上がるのも当然のことだろう。
しかし、実際に戦争の話をしてもみても、将軍の話は誰も聞いていなかった。寡兵で勝利したあの戦いのいきさつや、反対に衆寡敵せず悲しい結果となったできごとをどんなに語っても、何の手応えもない。揚げ句の果てには、国の勝利を決定づけた戦いを語り終えても、会場は静けさに包まれているという始末だった。
将軍の名誉のために言っておくが、将軍の話は決してリアリティのない絵空事ではなかった。むしろ誰も話したことのないレベルで真実に迫っていた。だが、ときに残酷な真実はエンタメ性を欠いてしまう。おそらくその点が、戦地に立ったことのないものの心に響くことがなかった要因なのだろう。
それからしばらくして、その将軍の姿を見かけるものは次第に少なくなっていった。平和な世では、弓は蔵に入れられてしまうと言ったものがいたが、まさにその通りになったわけだ。
やがて年老いた将軍は臨終の際、みとってくれる家族に向かってこうつぶやいたそうだ。
「戦争。あれだけは、どんだけ言葉を尽くしたって、人に伝わるもんじゃないよ」
どんな戦でも諦めなかった勇敢な将軍は、真実を伝えることについては諦念を抱いて世を去っていったようだった。