火曜日の幻想譚 Ⅳ
362.ネックピローの中身
ハッと目を覚ます。そこはマイカーの助手席。隣には運転中の妻の姿。
「どうしたの? うなされていたようだけど」
車を一時停止し、彼女は私に話しかけてくる。
「……うん。大丈夫。ちょっと疲れがたまっているのかな」
私はそう答えながら、U字型のネックピローを首から外す。車はゆっくりと再び夜道を滑り出した。
「…………」
私は気付かれることのないように、妻の横顔を盗み見る。前方を見て真剣に運転している彼女には、普段と変わった様子はない。
私と妻は、パワースポットを巡るという共通の趣味がきっかけで知り合って結婚した。私は心の底からパワースポットなど信じ込んでいたわけではなかったが、彼女ののめり込み方は異様で、今でも休日によく神社や寺を巡っているほどだった。
私は、無言で先ほどまでうなされていた夢の内容を反すうする。実はその内容というのが、妻が先ほど見せたあの真剣な表情で、私の首を絞めてくるというものだったのだ。
これは一体どういう意味だろうか。私が妻を憎んでいる? ならば私のほうが絞め殺す夢を見そうなものだ。もしかしたら、実際はその反対。妻のほうが、私を絞め殺したいほど憎んでいるということではないだろうか。
私は思わず自分の首に手をやり、そして、先ほどまで首に付けていたピローに目をやった。このネックピローは、妻が私にプレゼントしてくれたものだ。数日前から愛用しているが、こいつのせいか、ここ数日、妙に目覚めが良くない。
妻が私を憎んでいるとしたら、この奇妙な枕に奇妙な細工を施そうと考えるかもしれない。そして、そんな彼女の入れ込んでいるものといえば、パワースポットという名の寺社や仏閣の訪問。
そこに考えが行き着いた瞬間、私の脳裏に、護摩をたいた怪しい炎の前で読経する僧侶の後ろで、うやうやしくUの字型の物体を掲げる妻の映像が見えた。
私は反射的にネックピローに再び目をやる。そのとき、なぜかはわからなかったが、柔らかく弾力性に富んだその枕の中身が、ぼんやりと私の目にすけて見えた。
枕の中身は、気味の悪いおふだでびっしりと埋め尽くされていた。