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脱皮

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脱皮

ハードな仕事を終え重い体を引きずるように帰宅した。からだの重さは単に介護の仕事によるものではないことは十分に承知していた。ふくらはぎや大腿の筋肉が痛み、腰もスムーズに回転できない。加えて両肩に張り感が残っている。2日間10キロ余りの荷を背負って雪山を歩いた代償だ。長かった昼間の仕事をようやく終えたことによる安堵と開放感。山を歩いた翌日はいつもこんな具合だ。
ソファーにどっかと腰を下ろした僕はいつものようにテレビをつけた。リモコンを持った時手の甲に薄皮が剥がれかけているのが目に入った。「おっ!今回は早くきたな」と思いながら長袖のポロシャツの袖をたくし上げてみた。手の甲だけでなく手首から肘にかけてところどころに気泡のような皮の浮いた円形が点在していた。そして、その中の大きなものは破れて剥離しかけていた。僕は毎年のように5月の雪山を登っている。今回の白山も天気に恵まれて、登っている最中には長袖のTシャツ1枚で袖をたくし上げて歩いていた。皮の剥離はその結果だ。
僕は剥離しかけた皮の端を親指と人差し指でつまんで慎重にゆっくりとゆっくりと剥がしてみた。かすかに、「ぎゅお~ん」と皮が剥がれる乾いた音がした。生理的に心地よい音であり感覚だ。5センチほど剥がれたところで皮は破れてしまった。僕はこの日焼けの跡の薄皮を剥がす行為が大好きである。皮が剥がれる瞬間の感覚がたまらない。剥がした皮をテーブルの上に置き、続きに取りかかる。しかし、その先はまだ表皮の分離が十分でなく、わずかに剥がれた後はもう剥がれなくなってしまった。僕はそこで手を止め明日以降の楽しみにすることにした。そしてまた戻ってくる体のだるさを感じながらぼんやりとテレビのニュースに目をやった。ニュースでは、珍しい蛇の脱皮シーンが撮影できたというものでそのシーンが流されていた。蛇はすでに頭部の脱皮は済んでいて、首あたりを脱いでいるところだった。蛇には首という部位があるものかなどと考えながら画面を観ていた。蛇の体の左側に木の枝らしきものが目に入った。蛇はそれに体をこすりつけるように微妙な前後の動きを入れながら皮を剝いでいる。なるほどと思った。蛇には手も足もない。体をくねらせたり振ったりするだけでは皮はうまく剥がれない。そこで、木の枝に皮膚を引っ掛けて脱ぐんだと感心してしまった。ニュースは終わった。気持ちよさと悪さが混ざった妙な感情が残った。
妻は理由ははっきりとしないが帰りが遅くなるらしい。夕方に急なメールでの連絡があった。とても珍しいことだ。昨日まで一緒に山を登り、今日は僕と同様にかなり疲れているはずだろうに遅くから出かけるなどよほどの理由があるのかな、などと思いないながらも僕は「了解」とだけ返信した。
テレビではニュースが終わるとバラエティー番組にかわった。僕は台所でグラスに氷を入れソーダを持ってソファーに戻った。ハイボールを飲みながらバラエティーを見て、「つらない」とつぶやいた。グラス一杯に注いだハイボールを飲み終えるころ眠気が襲ってきた。
気が付くとソファーの対面にある窓はうっすらと明るんでいた。昨夜テレビを見ながらソファーで寝入ってしまったようだ。からだには掛布団が掛けられていた。昨夜遅く帰った妻が掛けてくれたのだろう。体を起こして時計を見ると5時半を少し回ったところであった。伸びをしてみた。からだの重さは昨日と変わらない気がした。ソファーで寝たせいもあるのだろう。そして、昨夜風呂に入っていないことを思い出し風呂場に向かった。シャワーで体を目覚ましてやろう。脱衣場で上半身を脱ぎ、下はズボンとパンツを一緒に脱いだ。ずらして輪っかになったズボンを足から引き抜こうとしたとき、親指の先端の皮が5センチほどめくれているのを見つけた。いったん衣類を全部脱いでしまってから屈んでそれをもう一度じっくりと眺めてみた。そして、右手の親指と人差し指で皮の先端をつまんで引っ張ってみる。ぐりっと親指全体の皮がいとも簡単にめくれた。昨夜剥がした腕の薄皮どころではない。5倍も10倍もあるような厚みで強度もある。僕は親指の皮を指の付け根まで剥がしたと後、他の指も先端をつまんで確認してみた。するとすべて先端の皮が簡単に伸びてたるみが生じる。僕はそれを一本ずつ爪を立てて先端をめくり始めた。気持ちよいほどに指一本一本の付け根までめくりあげることができた。両足の指を全部同じように付け根まで剥がし終えると、あたらめて両足をそろえて眺めてみた。ウインナーソーセージの薄皮をめくりあげたような指が並び、何とも気味が悪かったが愉快でもあった。そして、左足からその先の行動にとりかかった。もちろん足全体を剥がしていくことだ。それぞれの指の付け根の谷間を破り甲側と裏側に分けて剥がしにかかった。左手で甲、右手で裏側をつかんで足首まで剥がしてみた。「ぎゅお~ん」「じ~ん」と足先から脚、胴体へと、そして頭の先まで得も言われぬ快感が這い上がった。左は足首で止めて右足に取り掛かる。右足も気持ちよく剥がれる。ふつうならありえない奇怪な現象であり、頬でもつねってもみたくなるようなことだが、この時はなぜか不思議には感じなかった。それどころか好奇心と快感にその先の行為が楽しみに感じるほどだ。
作品名:脱皮 作家名:ひろし63