京都七景【第十六章】
知恩寺は正式名を百万遍知恩寺という。なぜ百万遍がつくのかと思ったら、百万遍念仏をしたからだそうだ。昔、伝染病が流行って、それを収束させようと、何人もの僧侶が大数珠をくりながら百万遍、念仏を唱えた。そうすると、ああら不思議や、伝染病がぱたりと止んだ。以来この寺を百万遍知恩寺と称することになった。だから、角の交差点の名も百万遍となった。めでたし、めでたし」と、大山が博識なところを見せた。
「そういうことだったのか。だが、露野の恋を聞いたあとでは、違う意味をつけ加えたくなったよ。人は別々に恋をするから、おそらく百万遍も違う恋をしていると思うんだ。でも、人の歴史は長いから、その違う恋の一つで、たくさんの人が百万遍同じ恋をしているかもしれない。だから、おれは露野の恋を百万遍の恋と呼びたいな」とわたしは提案した。
幸運にも、わたしの提案は、全会一致で可決された。めでたし、めでたし。
「で、次は野上だが、野上の恋も百万遍の恋かな」と大山が、いよいよわたしの失恋話を催促する。わたしは答えた。
「一風変わった恋だから、その種類分けには入らないかもしれないよ」
では、今度は、わたしがその話をしよう。
作品名:京都七景【第十六章】 作家名:折口学