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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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創世の轍

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 途中、その僧は、ある一軒の商家に立ち寄り、そこで旅の垢を落として翌日の登城許可を願い出た。
 だが翌朝、僧は、玄信の前に現れず、商家に残っていたのは若衆が曳いていた荷車のみであった。
 僧が消えた日、城下町は、朝から騒然としていた。武家屋敷の塀や商家の板戸に無数の張り紙があり、それを読んだ民衆が、
「御領主が、前の戦で命を落とされたそうだ。」
と、口々に触れ回った所為である。
 町役人は、躍起になって張り紙を剥がしにかかり、集まる民衆を追い払う。追い払われた民衆は、張り紙の最後にあった『玄信の首は、佐田ノ原に吊るしてある。』という一文を頼りにその場所を目差し、ついに佐田ノ原の大木に吊るされた玄信の首を目にしたのである。
 その事実は、一日千里を駆けて広く知れ渡り、後年、畠山氏の衰退を招くきっかけとなったのである。


 多くを語らず、ポツリと指示を出し、あとは家臣達の判断に任せるという豊前の手法を、当時十六歳で初陣を経験した佐太郎は初めて経験した。
 その時、佐太郎は、須間三郎の下に配置された。須間三郎は、三十半ばで、日頃は居るのか居ないのか分からないほど静かな人間であった。その須間が、
「付いて参れ。」
と、静かに言った途端に駆け出した。それに続く二十人ほどの集団。佐太郎は、その集団に遅れまいと必死で駆けた。何の為に、何処へ向かうのかなど一切分からない。兎に角、初陣の佐太郎は、須間の集団に付いて行くのが精一杯だった。
 先頭を駆ける須間の足がピタリと止まる。彼は、無言で配下に身を低くするように合図する。間もなく聞こえる向坂勢の足音。足音が二十メートルほど先に近づくと、須間は、腰を低くしたまま無言で駆け出し、向坂勢の先頭の兵を擦れ違いざま音もなく一刃で切り捨てる。
 その太刀筋のあまりの速さに、切られた兵は、己が切られたことさえ気付かず四歩、五歩と歩き、崩れるように倒れてしまう。最初の兵が倒れた時、須間は、既に三、四人も切り捨てている。
 その勢いに誘われるように配下の二十人が一塊となって続く。そして、
「引けっ!」
という須間の言葉に、二十人の集団はたちまち姿を隠す。
 その間、十五分にも満たないが、辺りには四、五十の屍が並び、敵は、千人の攻撃を受けたかのように混乱する。
 この戦の後、佐太郎は、須間三郎と話す機会があった。
 須間は、
「嘗て、わしは、『殿から大嶽山にて寝起きせよ。」との指示を受け、一人だけ山中で暮らし始めた。その半年後、『三郎、配下を遣わす。』とだけ申されて、その三日後に五人の配下が出来た。その五人は、城務めの者ではなく何処ぞで食うに困った流れ者ばかり。一体これは、どうしたことかと、わしは考えた。が、まあご指示通りに一緒に暮らし始めた。
 だが、遣わされた五人をよく見ると、それぞれが剣の道を心得ている。それに、暮らしの中で、わしが細々と指示しなくとも、わしの意を汲んでそれぞれ動いているというより、意を汲んで動ける者達だと分かった。
 今は、総勢二十人ほどとなっているが、その全てが他国からの流れ者じゃ。奴らの素性など一切知らぬが、食うに困らぬから逃げ出す者は居ないし、普段は静かに山で樵などして暮らしている。」
と、話した。そして、今回の戦に付いて、
「殿からは、『玄信が攻め来る。討ってやろうと思うが・・』とお話があったのみじゃ。」
と、付け加えて去って行った。
須間三郎の話は、驚き以外なにものでもなかった。

 その時以来、佐太郎は、豊前の家臣一人ひとりを注意深く観るようになった。そして、豊前の家臣団には、他の国にはないひとつの特徴があることに気付いた。
 それは、須間三郎のように剣の特技を持ちながらも無役を続けている者が、およそ三十人も居るということである。更に、その無役たちを注目してみると、土木工事、建設工事、算術、天文と一廉の知識を備えている。また、空想という言葉を遥かに通り過ごした奇想天外な発想を専ら考えているという、何の役にも立たないと思える者まで召し抱えられている。
 そして、そのように、いうなれば異能、異常集団が、一旦戦となれば、豊前の指示など仰がず国の為に働くのではないのかという結論を、佐太郎は、導き出した。だが、何故、その集団が、主の監視もない中で、いざという時に逃げることもせず命を賭けて働くのかが理解出来ずにいた。
 ともあれ、佐太郎自身、二十一歳にもなって無役のままであることを踏まえ、
(いつか俺にも、須間三郎のようなお役が与えられるのでは・・)
と、思うようになっていた。
 だから、先日豊前に『お前、今日より忽然の主となるのじゃ。』と、命を受けた時、佐太郎は、その時がついにきたと思った。そして、
(俺は、どのような形で役立つ集団を作り上げようか。)
と、心が躍るような気がした。
 
 佐太郎が、小弥太と権六の三人で酒を飲んでいると、父である用人の左之助が館に戻ってきた。そして、門衛の権六を連れ帰ったことを強く諫めた。
「物事には、順序がある。殿の御下命前に、勝手なことをするでない。」
という左之助に、
「父上、権六は、只の権六で御座いますか?」
と、佐太郎が聞く。左之助は、
「何のことじゃ。」
と、虚を突かれたように問い返す。
「私は、遠藤佐太郎。ここに居ります小弥太は、大井小弥太。権六は、只の権六で御座いますか。」
「・・そうじゃ。権六は、只の権六じゃが・・・」
「では、父上の方から、権六に姓を与えてやって頂きたく・・」
「何っ! そのようなこと・・、権六は、三日に一度、門衛の下働きとして出仕しておるだけじゃ。姓を与えるなど以ての外じゃ。」
「ですが、権六は、今日より私の側近に御座います。豊前様より、誰を召し抱えたかと問われました時、只の権六をと応えるのも・・、おっ、そうじゃ、権六。お前、今日から只野権六と名乗れ。父上、それで良う御座いましょうか。」
と、何とも人を食ったような我が子の言葉に腹立ちを隠せない左之助であったが、主である豊前の下命である限り逆らう訳にも行かず、
「・・勝手にしろっ!」
と、顔をしかめながら去って行った。
 左之助の足音が消えると、権六は、
「わしは、只野権六となったのかい? 給金は、増えるのか?」
と聞く。それに、
「さて、どうであろうか・・」
と、佐太郎は、笑うだけであった。

 
作品名:創世の轍 作家名:荏田みつぎ