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荏田みつぎ
荏田みつぎ
novelistID. 48090
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創世の轍

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「いや・・まぁ・・給金は、頂けるだけで有難いと・・」
と、小弥太が言葉に詰まる。一瞬の間を置いて、
「小弥太、餌を分けてはくれぬか。」
という佐太郎。
「釣り餌で・・?」
「そうじゃ。つい、忘れてしもうて・・」
「つい・・で、ございまするか。」
「おう、そうじゃ。」
「暫し、待ちやれ・・」
と、小弥太は、家の奥に消えた。そして、暫くして、
「これくらい有れば、少々多く釣れても二刻は持ちましょう。じゃが、若(佐太郎)は釣り下手故・・」
と言いながら、竹で作った餌入れを差し出した。佐太郎は、
「魚を釣る気で糸を垂れているのではない。」
と、強がるが、
「ならば、釣り針に餌を付けねば良かろうに。」
という小弥太に、
「餌を付けねば魚を騙すことになる。」
と、言い置いて、佐太郎は、小弥太に背を向けて歩き出した。
 やがて、柵木川の河原を覆っている葦が徐々に少なくなり、川中に在る砂州がこんもりと姿を見せる。更に上流へ進むと、川全体に大きな黒っぽい岩が並ぶ。上流の水は、その岩々の間を擦り抜けて流れる。
この岩の群れと砂州の境目で柵木川は、川上に向かって大きく右に曲がる。そして、川沿いに在る道は極端に細くなり周りの景色も一変する。その大きく曲がった処から一丁も隔てぬうちに、川は左へと更に大きく曲がり、まるで最初の曲がり場所にぶつかるかとも思わせるが、それはない。

砂州から上流に聳える山々は峻険な岩山で、たゆみなく流れる水の力を数千年の間受け止めても微動だにしていない。砂州から先の道が細いのは、この山の岩肌が拡張工事を一層困難なものにしているのも一因である。
 佐太郎は、その道を更に進む。間もなく、道沿いに一本だけ残る樹齢三百年を優に超える樅ノ木の傍を通る。その大樹には注連縄が張られ、この辺りを守る御神木として崇められている。
 そこを通り過ぎる者は、必ず御神木の前で立ち止まり一礼をする。そして、道から二間ほど高い位置に据えられている小さな神棚に向かい二礼二拍手して、『ソジンさま、ありがとうございます。』と、感謝の言葉を口にした後、また歩を進める慣わしとなっている。
 『ソジンさま』が一体どのような神なのか誰も知らない。どのような文字を当ててソジンと読むのかも、また誰も知らない。が、例えどのような目的でそこを通る者であろうと、感謝の言葉を口にしなければ必ず二十一日以内に災いがある。何故か・・ということは、誰も知らない。知らないが、災いがあるということは、誰もが知っている。
 いつの世にも必ず見えるものしか信じない不届き者が居る。『そのようなことが、有ろうことなどないわ。』と、ソジンさまの前を素通りする者は当然のこと、気忙しさに感けてつい手を合わすのを忘れた者までもが、必ず何らかの不幸な目に遭う。それを後悔できる者は、まだ幸せだ。命を奪い去られてしまったなら、後悔も懺悔も先に立たない。
 菖蒲ヶ淵は、そのソジンさまから二丁ほど上流に在る。
 この国の領主が、少々の詮索の後に、忽然の菖蒲ヶ淵での居住権を認めたのには、ソジンさまと忽然を漠然とではあっても関連付けての結果であったのかも知れない。
 佐太郎は、菖蒲ヶ淵の岸辺で釣り糸を垂れてウキを見詰める。ウキは、静かに渦巻く水に従ってゆっくりと回る。
 その日、魚の食いつきは悪い。佐太郎は、川下に流れた糸を川上へと何度も投げ返す。
 釣りをしていると、彼の心は落ち着く。彼にとって釣果は問題ではない。釣り糸を投げ返すのを繰り返していると、やがて聞こえていた水の流れや風が揺らす葉音など聞こえなくなり、只々、揺蕩うウキにのみ集中してくる。その無我のあり様が、彼をこの場での釣り好きにしたのである。
 佐太郎が、釣り糸を垂れて小半刻ほど経った。
「・・?」
と、彼は、背後に微かな気配を感じた。
佐太郎は、6歳から城下に在る無鎧流の剣術道場に通っていた。道場主の名は、無鎧流産みの親である春川一平。
春川一平は、佐太郎の上達ぶりに並々ならぬ天性の才能を感じていた。それは、佐太郎が相手と対峙した時、独特の感性で相手の太刀筋を読み、竹刀を一合もせず一振りで相手を討ち負かすところ一つを見ても一平をそう思わせるに充分であった。
そして、忽然と出会った頃、その技は、益々磨きがかかり十度に二、三度は師範代をも打ち負かすまでになっていた。背格好も然程大きくはなく、若干14歳の為せる技ではなかった。
その佐太郎が、特に危険を感じる気配ではないと、おもむろに立ち上がって振り向き、
「あ、これは・・」
と言いながら頭を下げた後、
「菖蒲ヶ淵にお住いの忽然様に御座いますか。近くにお越しになるまで気づきませんでした。誠に失礼を・・ 私は、景尾豊前様が家臣、遠藤左之助の息子の佐太郎と申す者に御座います。」
と、挨拶をした。
 それを受けた僧服の男は、
「丁寧な御挨拶、痛み入ります。お察しの通り、忽然でございます。どうやら今日は不漁のようですね。お会いしたのも何かのご縁。竿を収めて白湯でもいかがですか。」
と、佐太郎を招いた。佐太郎は、それもそうだなと手早く竿を収め、残っている餌を川に放り込んで、忽然の誘いに従うことにした、
(迂闊だった、実戦であれば振り向く間もなく切り捨てられていた筈・・これは、只者ではない・・)
と、感じながら。
 忽然の庵は、俗に裏菖蒲と云われている処に在る。
 その場所は、菖蒲の花が咲く砂州の辺りから道を歩めば約十丁も先となるが、直線で結べば一丁半ほどである。
 「さて、どちらを選びますかな?」
と、竿を収めた佐太郎に忽然が問う。
「はっ・・?」
「道なりに行きますか。それとも、岩を飛びながら戻りますか・・」
「ご随意に・・」
と、佐太郎が応えた途端、忽然は、ヒョイと岸に最も近い岩に飛び降りた。と思ったら、そのまますぐに次の岩に飛ぶ。といった具合で、忽然はあっという間に川の半ばまで行ってしまった。
(やはり・・只の僧ではない。)
と佐太郎、忽然に追い付こうと岩を飛ぶ。
 だが、結局、佐太郎は、追い付くどころか益々その差を広げられてしまった。
そして、
(何が、毒にも薬にもならない・・だ・・・)
と、巷の噂のいい加減さを思いながらやっと対岸に着いた時、忽然は既に庵の中に消えていた。

「火を熾しますので、暫く周りの木々でも眺めていてください。」
と、庵の中から声をかける忽然の言葉に従い、やっと庵に着いた佐太郎は、軒下に腰を下ろす。中からパチパチと枯葉や小枝の燃え始める音がする。
 やがて、忽然は、
「どうぞ・・」
と、木椀に注いだ白湯を出す。佐太郎は、僅かに頭を下げた後、白湯を頂く。二人とも黙ったままで、静かな時が流れる・・
(どうしたのだろうか、この心地よさは。初対面の人なのに、まるで十年も暮らしを共にしたような感覚だ。先程の俊敏さなど一切感じさせない。)
と、佐太郎は考える。すると、
「それは、あなた様を目にして、私も瞬時にそのように感じましたよ。」
と、忽然が独り言のように言った。
「えっ? ・・御坊は、人の心が読めるのですか。」
と驚く佐太郎に、忽然は、
「さて、どうでしょうか。あなた様が、そのように思われるのなら、そうかも知れません。」
作品名:創世の轍 作家名:荏田みつぎ