地底人のありがとう
地底人のありがとう
「こちらはニジェールとアルジェリア国境付近の映像です。ごらんになれますでしょうか? 砂漠に大きな穴がぽっかりと開いています。現地の情報では直径100メートルほどの、まん丸の穴です」
世界を驚かせたニュース映像から一週間が経った。その穴は突如として姿を現した。サハラ砂漠の中央に、何の前触れもなく大きな穴が開いたのだ。軍のヘリコプターからの映像が世界中に配信されると、様々な憶測が飛び交った。
「地殻変動で地下の空洞が現れたのか?」
(中央アフリカって、安定したプレートに乗っかってるから、巨大地震なんか起きないのに)
「危険だ! 火山の火口に違いない」
(噴火の前に穴が開くってことあるか? 噴煙も出ていないだろ)
「地獄へ通じる穴だ」
(はいはい、よくあるよね~この意見)
「巨大生物の巣じゃないか?」
(そんなのがいたら、今まで発見されんかった方がおかしいだろ)
「ブラックホールに違いない」
(ブラックホールが何かを学んで来い」
「地下都市への入口に違いない」
(地底人でもいるってのかよ・・・)
その内に国連から地質学の専門家たちが派遣され、本格的な調査が開始された。
「穴はほぼ垂直に開いておるな。昼間でも底が見えん」
「博士、レーザー測量でも、深さが測定できません」
「ふーむ。側壁は砂漠の下の硬い岩盤が露出しているようじゃ」
「周囲からは大量の砂が落ち続けてるのに、穴は埋まりそうにありませんね」
「中から暖かい風が吹き上げておるのが気になるわい」
「地熱がありますからね。対流して上昇気流が発生するんでしょう」
「じゃ、実際に降りてみるしかないか。助手として付いて来る勇気はあるかね?」
「はい、幸い直径は100メートルです。ヘリコプターで安全に降下出来るでしょう」
国連軍兵士が操縦する大型ヘリが用意された。それは様々な観測機器を載せて、慎重に穴を降下した。
「不気味な穴だが、入ってみるとどうってことないわい」
「レーダーに障害物は映りません」
「もう300メートルも降下したが、何も見付からんのか?」
「観測機器には温度変化以外、何も無しです。段々、日の光が届かなくなってきました」
「しかし底は真っ暗じゃな。あとどれくらい続くのだ?」
調査ヘリはゆっくりと、一時間、ただ真っすぐに降下し続けた。
「もう3キロ降下しました。やたら熱くないですか?」
「外気温は摂氏50度を超えたな。ここまで深く潜るとすさまじい地熱エネルギーじゃわい」
「あ! 下に何か明かりが見えます!」
「明かりだって? ずっと真っ暗闇じゃから、目に何か錯覚が生じて・おるん・・ん?」
「何でしょう? あれは!」
「た、確かに。青白い光のように見えるわな」
「マグマの明かりなら、赤いはずですが」
「よし、一時停止しよう」
「はい、降下中止!」
ヘリはその場でホバリングして、下の光を観察することにした。
「あれ? あの光、徐々に大きくなっていますよ」
「ふーむ。光が強くなってきているようじゃ」
「爆発したのではないでしょうね」
「それなら、爆発音や衝撃波を感じるはずじゃ」
「いいえ! 博士! あれは近付いて来てるようです! レーザーが接近距離を表示しています! 500、480、450・・・400・・・350! 危ない、逃げましょう!」
ヘリは緊急に上昇を開始した。しかし青白い光との距離はどんどん縮まって行く。
「距離が100メートルまで近付きました!」
「もう逃げきれんか!?」
「出口まであと1キロです! 間に合いそうにありません!」
「ここまでか!」
「博士! 私はあなたと共に仕事が出来て光栄でした!」
「おお、わしはいやじゃぁ! こんな穴で死にとうない!!」
次の瞬間、調査団を載せたヘリは、近付く光から発生する突風で地上まで押し上げられた。そのヘリは穴から飛び出すと、熟練パイロットが必死でバランスを保ち、なんとか大穴の周囲を旋回することが出来た。その時、博士と助手は、周辺の地面が小刻みに震えるように砂煙を上げる様子を見た。続いて、その穴から光る眼を持つ巨大なミミズが現れるのを目撃した。
「な、なんだあれは!」
赤茶けた色をした胴の太さは、まさにその穴の直径程に太く、高さ数百メートルまで達する長さの胴体が完全に中から抜けきる前に、それは停止し、胴体の先端の光る眼は、太陽に照らされると、その輝きを失った。そしてゆっくりと胴体を曲げて先端が地上に降りると、その砂の上にまっすぐに胴を伸ばして、穴の中に残った尻尾部分もスルリと抜けて全容を現した。
「長さは1000メートルほどだろうか。あまりにも巨大すぎるわい」
「よく見ると、あれは金属で出来ているようです」
「何!? 人工物だと言うのかね?」
「あんなもの見たことも聞いたこともありません!」
大型ヘリは、その横に無事着陸することが出来た。間もなくすると。
ガガーーーーン!
突然巨大ミミズの脇腹が開いた。まるで飛行機のハッチのように。
「なんだ!? 何か出てくるぞ!」
周辺を警備していた兵士たちは、一斉に銃を構えた。
するとゆっくり、何者かが一人、そこから顔を出した。
「に、人間か?」
その者は周囲を見渡しながら、慎重にそのミミズから降りて、軽く右手を上げて挨拶らしき動作をした。その者の風貌は、頭から足の先まで、地味な色の毛糸のような、いや、むしろフェルトのような衣服に身を包み、太っているのか痩せているのかさえ分からない。背は170センチ程。スクっと立つその姿は、誰がどう見ても人間のようだ。そしてまっすぐ二足歩行で4~5歩前に出ると、後ろを振り返って、大きく手招きをしたように見えた。その様子を国連の調査団と兵士たちは、固唾を飲んで見守っている。
ガガガガーーーーン!!
長いミミズの胴体のハッチが数十か所も一斉に開き、わちゃわちゃわちゃわちゃと、大勢が中から姿を現した。この巨大ミミズは彼らの乗り物だったようだ。
「博士。彼らは何者でしょうか?」
「わしには判らん。こんな巨大な乗り物など」
「私が聞いてきます」
「待て、気を付けたまえ・・・」
博士が制止する間もなく、その助手は大勢の何者かに近寄って行った。兵士も数人が銃を構えたままで、助手の周囲を取り囲みながら、大勢の前に進んだ。
「あの? 君たちは何者ですか? 言葉は解かりますか?」
すると先頭に立つその者は、全身まで覆う覆面の奥からこう答えた。
「ああ、あなたたちの言語は知っています。問題ありません」
「じゃ、あなたたちはどこから来たのですか?」
「ハハハ、見てなかったのですか? 地下深くからですよ」
「君たちは地底人とでも言うのですか?」
「・・・」
その者は頭からかぶった頭巾のようなものを、ゆっくりと脱いだ。
「アああ!」
助手は思わず叫び声を上げた。周りの兵士たちは一歩後退りしながら、さらに力を入れて銃を握った。それもそのはず、その者はまるでトカゲのように鱗でおおわれた、人間とは似ても似つかぬ顔をしていたのだ。
「安心してください。私たちは地上族に、危害を加えるつもりなどありません」
「地上族? 我々を地上族と呼ぶ君は一体!?」
「地底族です」
「地底族?」