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特別なお茶の時間

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器楽の才も立派なもので、若奥様が置いていった楽器をお客様の前で演奏し、お褒めいただいていた。
庭師の手伝いをさせれば、玄人裸足の知識で邪魔になることは無く、花屋上がりとは腕が違うと老爺の評判を得た。
私と話をしていても、打てば響く知識量で返答があって、随分なインテリのように錯覚する知性がある。
直接仕事を共にしない、他の同僚たちへの気配りも卒が無く、どうしてなかなか、勤めたことがないとは信じられないほどだ。
「今、求めてるのは家政を取り仕切る能力だもの。自信喪失しても仕方ないわ。」
「彼は彼なりに、この家に入る前に勉強してきたのよ?簿記経理くらいなら資格をとったし、ソムリエはなんだか無理して取ってきてたし、執事養成学校のテキストを入手してみたりしてたし。」
「実務はまあ、入ってみないと分かりませんから。」
「まあね、簿記が思うほど役に立たないってあたしも教えなかったな、意地悪で。」
若奥様も通った道で、私は思わず苦笑した。
あまり役に立たない、とその昔しみじみ溜息を吐かれたのは労しかった。
「ホテル会計学の方が、近いかと私は考えております。」
「そんなの知らないし?」
口を尖らせる姿は今なお可愛らしい。
ずっと秘密の愛おしい人の一人娘は年々彼女に似てきていて、その経過を見守るのはなかなか良いものだが、こういう全く似ていないところまで沁みるような幸福を与えてくれる。
それはことあるごとに不思議なのだが、悪くはないと目を細めている。
ああ、彼もひょっとして、同じ道を辿るのかもしれない。
「・・・案外、自分で思うよりも上手くいくかもしれませんね。彼と私は、似てますから。」
似てる、という言葉が意外だったのだろう。
若奥様は目を丸くして首を傾げた。
「どうかなぁ?あれは、誘うとひょいひょいあたしについて来そうだけど。」
意味するところを違うことなく理解して、若奥様は紅茶を飲む。
誰かが淹れるお茶は、今のところ彼女にとって私のものがまだ唯一だ。
「就業時間外に誘われたなら、私だって奥様にひょいひょいついて行ったかもしれませんよ?」
「どうだか?」
肩を竦めて笑う若奥様は、真実と私を信頼してくださっている。
旦那様も、今は他界された大旦那様も大奥様も。奥様以外の皆が、私を信頼していてくれる。
愛した女性の夜の誘いを断った、それだけで得た信頼ではないと、私も皆様を信頼している。
この家は、代々、不思議な関係を相似した形で繋げていくのだと、愉快に思う。
私は家庭を持たなかった。跡継ぎも求めなかった。
けれど、同じような歴史を、同じように繰り返すこの家に私は組み込まれていて。
私が生きた証を残すのなら、この方がずっと愉快だ。
この家に仕えてよかったと、極めて利己的に満足し、若奥様と微笑み合ってお茶を注いだ。










「ていうか、いい加減同じテーブルについてよ、いい年なんだし。」
「駄目です。寝たきりになろうとも仕事は仕事です。若造が育つのを私は待ちませんしね。」
「あーもー息子が成人するまで仕事してそうだよこの60代・・・」



作品名:特別なお茶の時間 作家名:八十草子