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特別なお茶の時間

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「ねえぇ、佐東さん?」
元・お嬢様、もとい若奥様がこの老齢を、そんな尋ねるような声音で呼ぶことは、最近あまりなかった。
猫なで声。
すなわち、悪戯のプロローグである。
「お茶はお好みに合いませんでしたか?」
「・・・佐東さんは絶対社会にでてもやってけるわね。」
「あしらい上手は褒め言葉ではないと、そういえば奥様に言われたことがありますね。」
「・・・・・うっわ、これだから大人って・・・で、そういうことじゃなくてね?」
「はい。」
「なんかさ、最近ニュースで、変な喫茶店のことやったりするの、知ってる?」
「さて、新聞ですか?」
私の職業上、テレビのニュースはあまり見ない。
だからこそ、若奥様は私がテレビニュースに精通していないことをご存知だ。
知っているかを確認されたということは、きっと世間では随分話題になっている事柄なのだろう。
「・・・・・流石に新聞は未だだと思う。インターネットなら話題になってるけど。」
「あれですかね、主に、お若い方のサイトでですね?」
「ああ、うん、そうそう!」
当意即妙、というのは、やはり老若男女を問わず嬉しいものだ。
ぱっと、若奥様は花を綻ばせたように笑う。
お小さいときから全く変わらないなと、幾つになった彼女を見ても思うのだから面白い。
もしも私が生きていたなら、彼女が逝く直前の笑顔を見ても、変わらないと思うのだろう。
「私などは、幼い頃に町で喫茶店が一般的になり始めたころの熱狂を思い出しますね。本当に最初の喫茶店は、如何わしい女給さんの出会い場所でしたので、真実給仕だけをする女給さんの喫茶店ということで随分話題になったものです。」
「あ。ごめん、多分ズレてるわ。」
そうきたかー、と若奥様は苦笑する。
「・・・外れましたか?」
「答え合わせしてみましょう?」
「私は、メイド喫茶というもののことを考えていたのですが。」
「うん、ハズレ。結構、路線は近いのだけどね?」
「では?」
「ふっふっふ、聞いて驚け!」
「おじょうさま、言葉遣い!」
小言を言う前に、”おじょうさま”と呼ばわるのは態とである。
一人前のすることではありませんよ、という表明だ。
若奥様のお母様、奥様のときから、ずっとこうである。
「場のノリくらい許してようー。」
「なりません、小さいところから全て綻ぶのです。まして悪影響です!」
「はい。」
「よろしい。良いお返事でした。」
悪影響、という一言は特に効いたのだろう。
家庭を持つと変わるのは、誰しもだ。
ところで。よろしい、と言うまでお説教が終わっていないという約束事は今の世では随分厳しい方と聞く。
私にとっての当たり前が否定されたようで随分淋しい思いだ。
「それでね?話を戻すけれど、なんと世の中には!執事喫茶なるものが出来たらしいのよ!!」
「・・・お嬢様、想像がつきません。」
「ふふん、でしょうね?」
「まあ、一過性のものでしょう。物珍しいものなど、長くは続きますまい。」
「あら、珍しく本音。」
「おや、失礼いたしました。」
「一本取ったり、ってことでスコーン追加ね♪」
「恐れ入ります。」
求められない限り、自発的に意見を出したりはしないことを私は私の職務に課している。
仕えるご家族にとって、自分の意見が影響を与えないものだとは言い切れないからだ。
それは、職分を超えていると私には感じられる。

―お給金でてるのはわかってるけど、でも同じ家で暮らす人は別荘も含めて皆あたしの家族なの!―

そんな可愛らしい矛盾を主張した元・お嬢様はスコーンで私の珍しいミスを今も昔も買収されてくださった。
もっとずっと私が若くて、もっとずっと若奥様が聞かん坊だった頃、寧ろお八つを目当てにではないだろうか、よく私の感情を逆撫でしてくださったものである。
本音が聞きたい、などと当時は仰っていたが、旦那様はちゃんと「意見を聞かせてくれないか?」とお頼みくださる。
やはりコミュニケーションの一環、もしくは・・・お八つが目当てだったのだろう。
「そもそも、客層の想像ができません。メイド喫茶を聞いたときは、まあ何となく予測できましたが。」
「あら、似たようなものよ?働く女性が多い昨今の風潮としては、ホストに貢ぐよりよほどいい気がしない?」
「・・・お言葉からは大差があるように感じられません。」
「そうでもないみたいよ?事業体が中心の経営になってることと、女性自体、本物志向が強いからとで随分真面目にメニューを出してるみたい。この間公式サイトを見てみたんだけど、まあ、うちにあるのより高価なカップや茶葉も多かったわね。」
「・・・左様で。」
「あら、プライドに触った?」
「・・・明日はデンマーク王室御用達のお茶にいたしましょう。」
事業体があるのなら、そんな個人輸入するしか入手方法が無いお茶は提供できないだろうと取っておきを持ち出してみる。
「やだもう、そんな可愛い反応、癖になりそう。」
若奥様はカップを置くと、咽を鳴らして私を笑った。
「同列に並べられると、聊か不思議な心地がいたしますので。」
「あら、同列になんて見ていないわよ?だってあたし、執事って外国のお屋敷にいるものだと思っていたもの。」
「ええまあ、旦那様も大旦那様も私を家令とおよびくださいましたし、実際その仕事をしておりますし。」
「ん?なんだかよく分からないけど。」
「家令は、ヨーロッパ圏にもおります。」
「あ、そうなの?」
「あまり家令の仕事までする使用人は見ませんので、執事がどこでも一般的なのかと。」
「どう違うの?」
「・・・」
「・・・どう違うの?」
少量、ではあるが、重ねて毒を持つような声で若奥様が問われる。
ご説明申し上げるのは少々心苦しい。
「・・・執事は、家計までは取り仕切りません。」
「・・・ああ、うんわかった、うちのバカ奥様の本来の仕事全部を佐東さんやってくれてたものね・・・。」
過去形なのは、この若奥様が二十歳を越えた頃からそれらの仕事を積極的に手伝うようになさったからである。
招待状の手配、折々の季節や慶弔の便り、贈り物、奥様が開かれている教室の経理、それからこの家の家計簿。
それらの他にもまだある、本来は奥様が取り仕切るべき諸々の仕事を、家計、の一言で全て若奥様は判じられたようだ。
まだ悪戯を楽しむ若さであっても賢くもあらせられるのは、心強いと同時に申し訳ない気持ちになる。
実際、私の手に負えない面倒ごとには十代のころからご相談申し上げていた。
例えば・・・未婚でありながら身重になった下働きの女性が、泣くばかりで私には対応しかねていたので。
「あたし、家令って掃除までするから執事より下なのかなって思ってたことがあるのよ?」
「学校に上がられたころのことでしょう?」
「そう。執事なのか下働きなのかコックなのか分からないって、言われて。」
「基本的には、財産になりうるものの品質管理までの全て、が執事の仕事です。」
「ああ、ワインの管理、料理長は出来ないものね。あと銀食器とか。」
「左様でございます。ただ、私には銀器を磨くのも掃除をするのも同じことでしたから、その節は混乱を招いたようで申し訳ありません。」
作品名:特別なお茶の時間 作家名:八十草子