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12:次世代の息吹



 沼がダムの底に沈んで、数カ月が経った。

 街の高校の屋上。そこにタケオは足を運んでいた。昼休みの時間を利用してここに来た彼は、金網を両手でつかみ、ぼんやりと遠くに見えるダムを悲しげな目で眺めていた。
「おじさん……」
タケオは、ダムを遠目で眺めながら嘆息する。先程連絡を取った田中さんから、おじさんの消息が分からないことを聞いたからである。
「……ん」
タケオはダムから目を放し、うなだれる。いやでもため息がこぼれ落ちてしまう。
「……ん」
背中に何かが当たる感触にやっと気づき、タケオは振り返る。そこには、一人の少女がお弁当箱をタケオに押し付けていた。
「香矢、来てたんだ」
タケオはそう言ってお弁当を受け取る。タケオの言葉に何の返答もせず、香矢と呼ばれた少女は金網近くのベンチに座りこんだ。その隣にタケオも座り、先ほど受け取ったお弁当を膝の上に置く。
 二人は一言も話さず、包みを開いて中身が一緒のお弁当を食べ始めた。やがて、少女はぽつりとタケオに問いかける。
「何、見てたの?」
タケオは少々の沈黙の後、口を開いた。
「あそこにさ、新しくダムができたんだ。稼働はまだだけど」
「ん、そうだっけ?」
少女は食事を中止して振り返り、ダムを探す。
「ああ、あれ」
目的の物を見つけると、それがどうしたという表情で食事に戻る。
「俺さ。中学の頃、森で働いてたって前言ったじゃん」
「……あれ、冗談じゃなかったんだ」
少女はタケオの方を見向きもせず、答える。
「俺、冗談でも香矢に嘘つかないよ」
「うん。それで?」
「そのときにお世話になった人がさ、消息が分からなくなっちゃったみたいなんだ」
「そう、なの」
「うん。だけど」
タケオは箸を持つ手を止め、ダムにもう一度目をやる。
「なんとなくだけど、あのダムの底にいるんじゃないかなって」
「……ダムの底で、亡くなっているってこと?」
タケオはこくりとうなずいた。
「なんで、そんなことをしなくちゃならなかったの?」
少女の問いに、タケオは考えこむ。
「……わからない」
「わからないけど、そうしなければならなかったってこと?」
「うん……」
タケオは再び考えこむ。
「うまく説明できないけど、あの人と別れる時こうなる予感がしたんだ」
タケオは、何かを思い出すかのように俯きながら言葉を紡ぎ始めた。
「あの人、とても優しくってさ。仕事で疲れているのに、勉強でわからないところを教えてくれたり、仕事にも連れてってくれたりした。あと、作ってくれた飯もほんと美味かった」
少女は小さく相槌を打った。
「でもなんというか、暗い影のある人だった。その原因はきっと、あそこに来る前に会社を辞めさせられたり奥さんと別れたりしたことが原因だと思う。とにかく、どことなく死の臭いがする人だった」
タケオはもう一度、振り返ってダムを目に入れた。
「あと、あそこにあった沼にやけに執着している人だった。あの人、初めてあそこに来た時、沼で死のうとしたんだって。別れ際に、高校に行けって言われたときに聞いたんだ」
「……そうだったの」
タケオは、自身もその沼に入ったことは言わなかった。そのことを自分の彼女に話すのは、もう少し先でも構わないだろう、そう考えていた。
「うん、だからかな。沼がなくなったらあの人は死ぬんじゃないかって思ったんだ」
少女は何か思うところがあるのか、俯いて考えこんでいた。
「だから俺、最後に聞いたんだ。おじさん、死んだりしないよねって。なのに……」
タケオの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「おじさん、信用してくれてると思ってたのに……」
それきり、タケオは黙り込んだ。

「ねえ」
しばらくして沈黙を破ったのは、少女だった。
「多分だけど、その人はあそこがダムになることがわかってから、ずっと死ぬことを考えてたんだと思うんだ」
タケオはうなずいた。
「そんな時、周囲の人に「死にます」なんて言えると思う?」
「…………」
「嘘をついたのは、タケオのことを信用してなかったからじゃないよ。信用していたから嘘をついたんだよ。じゃなきゃ、タケオ、あんたに高校行けって言ったのが無駄になっちゃう」
「……そっか」
タケオは手のひらで涙を拭った。
「それに」
少女は続ける。
「その人、お父さんに似てるなって、なんとなく思ったんだ」
「そうなの?」
「うん。すごく優しいんだけど、妙な所にこだわる人で、大事なことは自分一人で決めちゃって、でも貧乏くじばっかり引いちゃう人で……」
少女は空を眺めて微笑んだ。
「小さい頃に居なくなっちゃったけどさ。私が覚えてる、お父さんにどことなく似てるなって」
「……でも」
タケオは下を向いて言う。
「仮にお父さんだとしたら、あの人はもう……」
「なに言ってんの。行方が分からないだけでしょ。まだダムの底にいると決まったわけじゃないよ。タケオの勘はいっつも当てにならないんだし」
「なんだよ、それ」
タケオはちょっとむくれる。
「それに、もう一人の人は元気で仕事してるんでしょ。ちゃんと尊敬できる人がまだいるじゃない」
「うん。そっか。そうだよな」
「その人にアクアリウムだっけ、教わるんでしょ」
「うん」
タケオは少女の言葉に頷いて、笑顔になった。

 お弁当を食べ終えた二人は、ベンチに座ったまま空を見上げる。二人してぼんやりと空を眺めていると、不意に手と手が触れあった。
「……香矢」
タケオは突然少女の傍らへ寄り、唇をふさぐ。
「んっ……」
少女も最初こそ抵抗したが、すぐに力を抜いて受け入れる。それを見計らい、タケオは舌を差し入れていく。
「んんっ、んうっ」
少女は何か言おうとするが、言葉にならない。それをいいことに、タケオは少女をゆっくりベンチに押し倒し、するすると少女の胸へと手を伸ばす。だが、その手が乳房に触れるか触れないかというところでパシンとはたかれ、二人の唇は離れた。
「……調子、乗りすぎ」
少女は若干怒った口調で言う。
「ごめんなさい」
タケオは小声で謝り、頭を下げた。
「もう、お弁当作らない」
少女はそっぽを向いて拗ねた表情をする。
「ほんと、ごめんなさい」
タケオは少女が向いた方に移動し、手を合わせて謝る。
「タケオ。こういうことはさ、自分のアパートに連れ込んでからするもんだよ。せっかく一人暮らしなんだから」
「え、あ、うん」
タケオはドキッとする。それと言うのも、今日香矢は、タケオのアパートに来る予定だからだ。
「香矢、それって」
タケオは平静を装いつつ問いかける。だが、顔のニヤニヤは全く隠せていない。
「知らない」
少女は再びそっぽを向く。だがその頬には赤みが差していた。

 しばらくして、時計の針が1時に近づいた。
「ほら、もう授業始まる」
香矢が差し出す手を取り、タケオは立ち上がる。
そして、空のお弁当箱を持ち、二人で屋上の入口へと向かう。香矢が屋上の扉を開けている最中、タケオはもう一度ダムに目をやった。
(おじさん、ありがとう)
二人の姿は校舎の中へと消えていく。屋上の二人を唯一見ていた雲は、ゆっくりゆっくりと流れていく。

 やがてチャイムが鳴り、午後の授業が始まった。

━了━
作品名: 作家名:六色塔