り狐:狐鬼番外編
少女
日がな終日(ひねもす)
転寝(うたたね)を決め込む気で「社」の大棟に寝転がる
彼等の日課なのか
山内(さんない)に集う野鳥達の囀りが安楽此の上無い
頗(すこぶ)る、理想的な時間の過ごし方だ
「退屈では無いか?」
と、問えば金狐は琥珀色の眼を細めて
「退屈とは何だ?」
と、素で聞き返す事だろう
不意に野鳥達が一斉に羽搏(はばた)く
其の、喧噪に瞼を開ける
寝転んだまま上半身を捩じり覗き込む、眼下
其処には飛び立つ、野鳥達を振り仰ぐ
如何にも申し訳無い顔を浮かべる、少女の姿があった
小脇に風呂敷包みを抱え込み
もう一方の手には箒、塵取りを提げている
「毎度毎度、御免なさい」
詫びを入れるも「そろそろ懐いてくれても良いのになあ」
と、阿房臭い期待を寄せているのは内緒だ
其れでも項垂れる少女は手にした風呂敷包みを「社」の、片隅
見た目通り、年輪を重ねた切り株の上に丁寧に置く
そうして手にした箒で早速、山内を掃き始める
淡紅藤色の、麻の葉模様の着物の袂を襷掛けした稚(いとけ)ない少女
其処等辺を咲笑い、闊歩する町娘と何ら変わらない
変わらないが朝影に仄かに透ける
紫黒色の髪を束ねた項、其の「匂い」に気が付いた
俯せになり、鬼瓦に頬杖を突く
掃き掃除に没頭する少女の様子を何と無しに眺める
間、微睡むも再び眼を開けた時
額の汗を拭う、山内を見回す満足顔の少女が息を吐いていた
如何やら仕舞いの様だ
自分は此の時を待っていた
癖なのか、人化でいても其の咽喉を鳴らしてしまう
「願い事」は何だ
人間の「願い事」等、高が知れている
戯れ言だろうが世迷い事だろうが、己が聞いてやる
高ぶる金狐が老狐の言い分
「話し相手」と、いう意味を理解したのは少し後だ
無理も無い
「社」に足を運ぶ、殆どの人間が
何某の、神頼みで訪れるのは此の世の理だ
だが、何とも勿体振るのか
身を屈める少女は切り株の上に置いた、風呂敷包みを解き始める
其の中身、竹皮の包みを取り出す
「毎日、同じ「モノ」で御免なさい」
然(しか)し、他の「モノ」が思い付かないのも本音だ
点頭して立ち上がるや否や、つと「社」の前へと躍り出る
稍、含羞(はにか)むも其の睫毛を伏せ、其の両手の平を合わせた
刹那、金狐が「社」から跳ぶ
そうして大気が戦(そよ)いでも姿が見えない以上
気の所為で片が付く
少女の頭上を跳び越え、着地と同時に背後を振り返る
琥珀色の御河童頭を靡かす金狐が、其の背中をじっと見詰めた
何故、願い事を言わない?
途端、踵を返す少女の束ねた髪同様
紫黒色の目と、金狐の琥珀色の眼が搗ち合う
勿論、姿は見えていない筈
其れでも一瞬、竦める身体を退く金狐の脇を通り過ぎる
走り去って行く少女を見送った
何しに来たんだ、彼(あ)の小娘
深く首を傾げる、組む腕を袖手(しゅうしゅ)するも
神饌(しんせん)である、竹皮の包みを思い出し切り株に跳び付く
矢張り、油揚げだ
実は「匂い」で分かっていた、自然と口元が緩む
竹皮の上、目の前の油揚げを長めの爪で器用に引っ掛けた
上向く、開(ひら)いた口内に丸丸一枚が呑み込まれる
数回、咀嚼した結果
琥珀色の其の眼を細める金狐が不満気に零した
「油抜きだ…」